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不都合な理想の夫婦のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

不都合な理想の夫婦(2020年製作の映画)
3.0
[イギリスには来たけれど...] 60点

オハラ家はビジネスマンの夫、馬術教師の妻、高校生くらいの娘に小学校高学年くらいの息子(二人は異母姉弟)の四人家族。ニューヨーク郊外でプール付きの一軒家に暮らす、所謂"ヤッピー"である。野心家で負けず嫌いの夫は故国イギリスに勝機ありと見て何度目かの引っ越しを提案し、家族揃って夫の故郷であるロンドンへとやって来る。借りた屋敷は四人で暮らすには広大で、かつ不気味なほど古めかしく、それぞれが離れ離れになっていく展開を予期させるかのように、全員が屋敷中に散っていく。その中でも、妻は発音や形式を気にするイギリス人に足並みを揃えようと神経をすり減らしていき、終いには夫が移住費用として勝手に貯金を使い込んでカツカツ状態にしていたことを知る。夫が夢を語れば語るほど、妻には現実が見えてきて、二人の関係は0K付近まで冷え込んでいく。

原因はほとんど夫の虚栄心にある。イギリス人の彼は、貧しい子供時代からアメリカへ渡って成功し、あの頃相手にもされなかった雲の上の存在に近付き、伝統的なイギリス性(屋敷、子供の学校、パーティ)に迎合し、その男性性に執着することで、自身の成功をホームグラウンドで確かめようとしたのだ。逆に、アメリカ人としてイギリスの見栄っ張りで気取った風土に嫌悪感を隠そうともしない妻は、自分たちの居場所がイギリスにないことに初めから気付いていながら、夫に消費され続ける存在として描かれている。イギリスに来たことで家族のそれぞれが傷を負っているが、一番深い傷を負ったのは、妻として母として未知の土地で働き続けなければならなかった彼女に他ならない。象徴的なのは彼女の中の"アメリカ"を裏打ちしていた自身の馬が、原因不明の病で一瞬のうちに亡くなったことだろう。破綻した二人の関係性の中に、微かに残された温かさを感じるラスト(久しぶりに画面に家族四人が揃う)は実に見事。

反面、リアルすぎる夫婦の亀裂描写とは裏腹に、子供たちの存在が軽すぎる気はしている。学校に通う彼らにも彼らなりの苦労があるはずだが、匂わす程度で何も描かないのは勿体ない。もちろん、イギリスに夢があるのが夫だけで、残りの三人は仕方なく付いてきたという感じなので、対比として比重が狂ってしまうのは納得だが。
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