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いつかの君にもわかることのカポERRORのレビュー・感想・評価

いつかの君にもわかること(2020年製作の映画)
4.0
今日は、私がリスペクトするウベルト・パゾリーニ監督の素晴らしさについて語らせて欲しい。

初めに、本作『いつかの君にもわかること』のあらすじ。
英国で窓拭き清掃員として働く33歳のジョンは、4歳の息子マイケルと二人で暮らすシングルファーザー。
ロシア人の妻はマイケルを出産後、家を出て母国に帰ってしまい、頼れる親族もいないジョンは、仕事・家事・育児と一人激務の日々を過ごしていた。
そんなジョンには、息子に打ち明けていない秘密がある。
それは、自身の余命が残りわずかであるということ。
残される愛息のために、ジョンは英国の養子縁組制度を利用し、ソーシャルワーカーと共に、息子の「新しい親」を探し始める。
マイケルの将来を託す里親…つまりはマイケルの新たな理想の家族を求め、何組もの「家族候補」と面会をするのだが…。
果たして、ジョンの選択した人生最大の決断とは…というストーリー。

まず皆さんに、本作で描かれる父ジョンの置かれている状況が、どれ程異常なものかを想像して頂きたい。
自ら病で死を目前にしながら、最愛の4歳の息子を託す赤の他人を、ごく限られた時間の中で見つけださなければならないのだ。
知っての通り、一般的に欧米における孤児の養子縁組は、養子を迎える里親側が孤児を選ぶ。
しかし、本作のシチュエーションは、全く逆で、我が子を委ねる実親が、里親を選ぶのである。
これは息子の家庭環境を選べるという点で、一見恵まれているように思えるかもしれない。
確かに、子を放り出したい親ならば、悩むことなく裕福な里親を選ぶことだろう。
だが、我が子を愛してやまない親ならば、この選択がどれ程困難な決断かが分かるはずだ。
私は、子を捨てる親には共感も感情移入も出来ないが、本作のジョンの境遇を考えただけで胸が締め付けられる思いだった。
オープンハウスの内覧をあちこち回って、引越し先の住居を決めるのとは訳が違う。
たった一人この世に残さなければならない弱冠4歳の愛息のこれからの幸福を、僅かな時間で何の信頼関係もない赤の他人の候補家庭の中から見出すなんて、容易なはずがないではないか。
更にジョンは、その切迫した状況に向き合いながら、幼い我が子に、自身の”死”とその後に残される彼の今後について、伝えなければならないのである。
正に、異常事態以外の何物でもない。

さて、冒頭で触れた本作を手掛けたウベルト・パゾリーニ監督について、ここから記したい。
彼の才能の真髄は、”上述のような異常な状況に置かれた親子の物語を、一切誇張することなく極めて淡々と静かに描ききること”に他ならない。
これは本作に限らず、彼が手懸けた名作『おみおくりの作法』を観ても顕著である。
彼は、決してドラマティックな展開や登場人物の激情を大袈裟に撮らない。
彼は、ただただ登場人物達の表情や仕草を静かに丁寧に精緻に描く。
そして、それによってそのキャラクターの心情の機微を鑑賞者に想起させるのだ。
そう、彼が本作で求めているのは、ジョンとマイケル二人のありのままの愛情と交流のディテールを我々に観せることであって、決して大仰な感動の押しつけではないのである。
正に職人!
匠の精神ではないか!
そして、彼のもう一つの特筆すべき才能は、”それだけ静かに淡々と物語を描きながら、我々鑑賞者を絶対に飽きさせない”点である。
本作、これだけ物静かな演出でありながら、ジョンとマイケルの表情や所作を食い入るように凝視し続けていた私は、眠くなるどころか、始まりから終わりまで前のめりの体勢のまま画面に釘付けだった。
次回は、首こり対策でバンテリンを用意して臨むことにしよう。
ウベルト・パゾリーニ監督の素晴らしさ、少しは皆さんに伝わっただろうか。

実は本作、パゾリーニ監督が偶然目にした新聞記事から着想を得た物語だと言う。
監督が目にした記事によると、かつて孤児だった男性が病で死を間近に控え、頼る親戚もなく、子を幸せな家庭で育てたい一心で、英国養子縁組制度を活用するという内容だった。
監督は、「もし自分が同じ状況になった場合、果たしてどうするだろうか。」「養子縁組させるとして、どんな家族だったら自分の子供を預けられるのか。」「そしてその判断は正しくできるのだろうか。」…そう考えこんだと言う。
実話が基になったストーリーだとすると、実際に父親の死後、養子となって引き取られたマイケルのモデルとなった子がいるというわけだ。
果たして、その彼は、今どうしているだろうか…どうか温かい家庭で幸せに暮らしていて欲しいものである。

最後に。
本作のラスト、父をじっと見つめるあのマイケルの眼差しは、私の脳裏に一生焼き付いて離れないだろう。
私が子供たちの父であり続ける以上、あの眼差しは、きっと大切な時に、父親の背負う十字架を私に思い出させてくれるはずだ。
こんな特別な作品に出会えたことに、心から感謝を贈りたい。

親子の愛の形を静かに描く珠玉の名作『いつかの君にもわかること』。
未見の方は是非御鑑賞頂きたい。
現在、WOWOWオンデマンド、U-NEXT、RakutenTV、TELASA、DMM TVにて配信中。
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