netfilms

激怒のnetfilmsのレビュー・感想・評価

激怒(2022年製作の映画)
3.3
 中年の刑事・深間(川瀬陽太)は今日も街の治安を守ろうと孤軍奮闘していた。刑事はとにかく歩くのが仕事だと言わんばかりに彼の姿は街の至る所にある。かつては暴力団を一掃し、相棒だった女性刑事は署長へと昇進するものの、街を守りたい深間は未だに一兵卒に甘んじている。だが彼にも楽しみはある。地下にあるBARには毎晩、心許せる仲間たちが集う。酩酊するまで吞みたいところだが、ビール数杯で切り上げて刑事はまたも街をパトロールするのだ。だが模範刑事と呼ぶべき深間にもしばしば決定的な悪癖が見られるのだ。図らずも同週公開の内田英治の『異動辞令は音楽隊!』と非常に似通った物語は、物語の起点に片山慎三の『岬の兄妹』の松浦祐也と和田光沙を配置する大胆さで、この辺りは最前線を走る批評家ならではの配役の妙と見た。『異動辞令は音楽隊!』では阿部寛扮する中年刑事は音楽隊へと追いやられたが、今作で深間の危う過ぎる所業のせいで、ニューヨークにある精神病棟に隔離される。その姿に『カッコーの巣の上で』のマクマーフィー(ジャック・ニコルソン)を想起せずにはいられない。だが再び街の治安は悪化し、ダーティ・ハリーことハリー・キャラハンばりに深間は刑事の仕事へと連れ戻される。だがそこには「準」刑事という屈辱的なレッテル貼りが待っているのだ。

 『異動辞令は音楽隊!』ではコンプライアンスで雁字搦めの国家権力に反発しつつも、自身の立ち位置に見事な折り合いをつける主人公の成長の映画だったとすれば、今作は「安心・安全」の名の下に深間は一旦は去勢されたフリをする。否、実際に彼は去勢されたのかもしれない。街の連中は次々に住み慣れたこの街を追われて行く一方で、彼の唯一の希望を体現した美しいタトゥーを施したポールダンサー杏奈(彩木あや)はここにはいない。マイメン・キー君ことNORIKIYOやBRON-Kを擁するSD JUNKSTAに『犯罪ゼロの街』というアンダ-グラウンド・クラシックがあるが、人前で煙草も吸えず、2,3人の会合さえ許されなくなった社会は正に地獄そのものではないか。準刑事も半人前なら、昨今の自粛警察ならぬ自警団もあくまで自主的な警察でありそこには国の付託はない。だが準刑事などとラベリングされた男は途方もない底知れぬ粗暴さを秘めているのだ。コンテクストを紐解けばまんまジョン・カーペンターの『ゼイリブ』であり、石井岳龍の『狂い咲きサンダーロード』だ。だが巨悪を打ち砕く物語にも関わらず、爽快感が全くないのが難である。森羅万象(しんらまんぞう)の堂々たる演技は確かに見事だが、イマドキこんなわかりやすい悪人なんているのだろうか?映画は登場人物たちの善悪に最初から完全なる線引きをしてしまっている。

 個人的にはダニエル・セラのイラスト上で中原昌也のノイズが炸裂するアヴァン・タイトルの高揚感がハイライトだったし、ヨシキさんには実験映画や前衛映画の質感を強く望む。やはり映画を観ることと、映画を語ることの違いや難しさを改めて痛感する。だが50を過ぎて私財を投げ売り、監督業に参入した熱い男の心意気は十分すぎるほど伝わった。
netfilms

netfilms