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記憶の技法のAのネタバレレビュー・内容・結末

記憶の技法(2020年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

原作好きすぎると映画そのものをうまく評価できないからあれなんだけど、わたしが好きな原作からはだいぶ質感の違うものになっていた。メディアミックスに際しての改変は必要なものだと思うけど、おかしな解釈をされたり主題の取り違えはちょっと……

まず、怜もかれんも原作とはまったくの別人だった。かれんは子供で先々のことを考えられてないけど行動力はあるし、本来は自分の意志がちゃんとある子。基本的になにごともかれんが自発的に動いてそれを現実的な面から怜がサポートしてる、って関係のはずなのに、怜がかれんを引っ張っていく関係に改変する意図がわからない。怜をプレイボーイみたいに描く意図もわからない。「お兄ちゃん」のことをあんなウェットに描くのもそう。改変されたすべての意図がわからない。なんかもうそれは吉野朔実ではないじゃん、っていう。

怜とかれんの性格や人間としてのあり方が、作中でわたしが一番好きなやりとりである「好きって言うのは簡単だけど、嫌いとか苦手とか言うのは難しいね」/「逆の人間もいるよ 嫌いって言うのは簡単なんだよ 好きなものがわからない人間だっているんだ」につながる、と思ってる。ふたりの造型がよく表れてるやりとりだからすごく大切だと思うのにカットされていて、だけどまあ映画だとふたりの性格がだいぶ変わってしまってるからそりゃ入れようにも入れようがないよなと思った。

最後にかれんが怜を抱きしめる、というのは同じなのに、映画だとふたりをロマンスの文脈に組み込もうとしていたような気がして本当ーーにそれだけはやったらダメなのに、って思った。違うじゃん。

あとは細かいかもしれないけど気になったのは時代のちぐはぐさ。20年くらい前に描かれてる原作から時代感覚がそのままの部分とアップデートされてる部分(言うてiPhone使ってるとかそれくらい)が混ざってる違和感がすごくて気が散った……現代の10年20年ってだいぶ大きいと思うから余計に、それでいいのか?と思った。

というわけで原作が好きすぎるがゆえの敗北って感じなんだけど、そんな中でも石井杏奈ちゃんの笑顔は宝物だなと思った。ほんの一瞬なのに威力がすごくて、LDHと邦画界はあの笑顔を大切にしてくださいという気持ちです。奇しくもE-girlsのニュースが入ってきた日に見たから余計に!
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