うえびん

川っぺりムコリッタのうえびんのレビュー・感想・評価

川っぺりムコリッタ(2021年製作の映画)
4.2
あわいを生きる

2021年 荻上直子監督作品

どこかの川、どこかの駅
そこに下り立つ誰か
冒頭のシーンがとてもよいです

川っぺりのゴミ捨て場
長屋のような旧い集合住宅
野路の野菜畑…
懐かしさを感じさせる風景たち

ロングショットの構図は絵画のよう
美しさも感じられます

それぞれに深い喪失体験をしている
(と思われる)登場人物たち

無口だったり、図々しかったり、
親切だったり、不思議だったり、
慈悲深かったり…
それぞれに魅力にあふれた人たち

彼らは、深い喪失体験によって、この世とあの世のあわいを生きるようになったようでした

あの世に逝った人がこの世に遺した“お骨”

骨に故人の魂を感じるのは、日本人特有の感性だと、山本七平氏が『空気の研究』で言っていました

西洋人は死んだ人の骨はただの物にしか感じないそうです

チェコの「人骨教会」に行った知人から、骸骨だらけの教会の写真を見せてもらったとき、人骨に対する日本人と西洋人の感性の違いを心底感じました

本作では、“お骨”に対するいろんな向き合い方が印象に残ります

それぞれだけれど、日本人としての共通性も透かし見えてきます

私たちは、大切な人の“お骨”に向き合うと、自然に手が合わさります

孤独死した人、その遺族を探したり無縁仏に弔ったりする、柄本佑が演じる役所の担当者には『おみおくりの作法』のジョン・メイの姿が重なりました

宙を泳ぐ金魚(死んだ者の魂のメタファー)
直接その描写はありませんが、映像の処々に差し込む柔らかな光を見ながら、光のスペクトラムの川を泳ぐ金魚の姿が浮かびました

きゅうりをかじる音
トマトをかじって滴る汁
炊き立てのごはんの匂い
すき焼きがグツグツと煮える音…

『かもめ食堂』と同じように、出てくる食べ物がどれも美味しそうです

私たちは「いただきます」と、食べ物に対して自然に手を合わせます

パスカルズの奏でる音
この世とあの世のあわいをつなぐような音色に、大林宣彦監督の『野のなななのか』を思い出しました

喪失体験を乗り越えようとする人たちの行進、遠き山に落ちる夕陽を眺めていると、心の中で手を合わせている自分に気づかされました

私たちが“手を合わせる”のは、古来から受け継がれる、自ず(おのず)から生じる“いのちに対するお弔いの作法”です。その作法を通じて、自ら(みずから)の手と手でこの世とあの世をつないであわいに思いをのせているのかもしれません

派手な演出や過剰な感情表現
そんなものが一切なくても心に響く
静かに、じんわりと、遠赤外線効果のように
慈愛と滋養にあふれた作品でした
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