幽斎

アイム・ユア・ウーマンの幽斎のレビュー・感想・評価

アイム・ユア・ウーマン(2020年製作の映画)
4.2
私はアニメは一切見ませんが、友人の家に遊びに行った時、有る映画を見てしまう。それは2021年のお正月映画、ファンの方が気分を害するとイケないのでタイトルは伏せ、国民的アニメとだけ申し上げますが、その内容が男子と女子の関係性が昭和、と言うかアナクロニズムな描き方で愕然とした。ナルホド子供の頃からこうして洗脳されるのかと。友人の奥さんも私が指摘するまで全く気付いて無い。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

「故きを温ね新しきを知る」と言いますが、中年の価値観を子供に無自覚に植え付ける、時代錯誤なコンサバティブが生き延びてる事に驚愕したが、食べ残しの様な価値観を保護者である親は監視する義務も有る。この話をお年頃の女性に例えると「高年収の男性と結婚するのが女の幸せ」とか「愛してる夫を支えるのが妻の務め」。魔法が未だに解け無い方は「何が問題なの?」。そんな貴方に観て欲しい。

本作はBig Indie Pictures製作。北米の劇場で公開後、Amazonスタジオが配信。Julia Hart女性監督は知名度は低いが、日本で公開された作品で言えば「マイ・ビューティフル・デイズ」レビュー済「DUNE/デューン 砂の惑星」世界中の女性を虜にしたTimothee Chalamet主演。彼女の父親はアメリカで有名な脚本家James V. Hart。代表作はJodie Foster主演「コンタクト」。脚本経由で映画界に進出したが、私が最初に彼女の作品を見たのはSFスリラー「Fast Color」。この作品も女性の深部を描いてるが、クリエイティヴを感じさせる彼女のタッチは、本作でも遺憾なく発揮される。本作の元ネタはMichael Mann監督「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」。

主演Rachel Brosnahan。前作のレビュー済「クーリエ:最高機密の運び屋」印象的だが、Amazonスタジオ「マーベラス・ミセス・メイゼル」2年連続でゴールデングローブ女優賞とエミー賞主演女優賞。出世作「ハウス・オブ・カード 野望の階段」全米映画俳優組合アンサンブル賞ノミネート。31歳と今が旬の女優の一人。彼女は独特のバランサーと言うか佇まいが印象的で、本作の脚本を監督からオファーされると、そのスクリプトに共感して自らプロデューサーも買って出た。意気投合した2人の女性の旅の始まり。

原題「I’m Your Woman」シンプルだけどチャレンジングなタイトル。ジャンルはサイコロジカルなテイストだが、スクリプトはシンプルで極一般的な主婦が、夫が妻の知らない所でヘマを犯し、赤ちゃんと共に危険な人物に狙われる。家を捨て逃亡生活を始めたが・・・。主婦のリベンジモノと言えば、レビュー済Jennifer Garner主演「ライリー・ノース 復讐の女神」有るが、知的演技派のBrosnahanが?と見る前は思ったが、やはり一癖も二癖も有り従来のプロットに収まらない。

「高年収の男性と結婚するのが女の幸せ」「愛してる夫を支えるのが妻の務め」と冒頭で話しましたが、私のレビュースタンスは懐古的な価値観に縛られてる女性を応援したい。と言う細やかなコンセプトが有る。女性が共感する作品に多くの「いいね」を頂戴するが、最近ネットでよく見かける「ニュー・ノーマル」意味も解らず使ってるレビューを見ると、腹を抱えて笑ってしまうが元は経済用語ですからね(笑)。スペキュレーションとかアセットアロケーションを知ってる人が使うフレーズ。

日本ではニューノーマル「新しい生活様式」と意味不明な解釈で誤爆する。それを言うならジェンダーに対する価値観を見直して「指示待ち女性」のリボーンを手助けするべき。イントロダクションは秀逸で「何か既視感有るな」思い出したのが、レビュー済「Swallow スワロウ」。この作品にも多くのいいねを頂きましたが、妻は夫から見ればオブジェの様な透明な「籠の鳥」。主人公ジーンの情報が意図的に省略化され、観客が推論するしかないが、本作を観て「何かが足りない」と感じた男性は女性の本心が見えて無い人なのだろう。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

夫婦生活は一方的に夫優勢で、妻は軍隊の兵士の様に徹底的な支配下に見える。「指示待ち女性」テンプレにも映るが、Brosnahanの存在感がソレを無言で否定する。スリラー的に良く出来てるのは冒頭の彼女の服。服にはタグが付いたままで、意味するのは服も自分で買って無い、選べない事を示唆してる。女性にとって服とは自らのアイデンティティの象徴。この件からも彼女のバックグラウンドが透けて見える。

メタファーとして存在する「赤ちゃん」。彼女が子供が産めないと言うだけでも気の毒過ぎる。夫は赤ちゃんを連れてくるが、ソレも夫の自己満足に過ぎない。それは妻の為を思って行動した様には見えない。子育ては妻の役割と言う上から目線の考えで「お前、赤ちゃんを育てられて幸せだろ?」時代錯誤の偏見。私は独身ですが、愛する人と結婚しても子供が出来ないとします。私は長男で生家は室町時代から続く家柄なので、当然跡継ぎは欲しい。しかし、妻が産めない体でも悲観する必要は全くない。「妻が主体的に赤ちゃんを選んで夫婦で育てる」と言う選択種も有る。それと「赤ちゃんを与える」と言うのは全く別の次元の話だ。

主人公の背景を説明しないのはスリラーのお約束ですが、彼女が専業主婦に至るまでの過程は一切説明されない。「旦那さんに束縛されて自由が無いのかな?」程度。赤ちゃんも夫から投げられ自分の子供じゃ無いので愛情も湧かない。Brosnahanが無口な設定なので、演技もシュールに映るが彼女の湯葉の様な薄い表情が全編で冴え渡る。物語が進んで行くと赤ちゃんだけでなく、彼女も幼い頃の生活環境が決して恵まれたモノで無い事が分る。例えは不適切だが、彼女も夫に「拾われた」様にも見える。つまり彼女は自分の人生を自分の足で歩いた事が無い事に気付く。

女性が主体性を取り戻す映画は沢山有りますが、本作の逃亡劇は一種の添えモノで「私は誰の物でも無い」事を観客に噛んで含める様に、ジェンダーも意識して進んで行く。途中で出会う男性ともノンセクシャルな関係に留め、安易にセックスに溺れないスタンスは女性監督と女優の反映とも言える。その後に出逢う人達から見ると「何でも一人で抱え込んでしまう」今の女性を映し出す事で、第三者から見れば当たり前な事も、当人には目に見えない「重石」を軽石に変える事が出来ると呟く。

シスターフッドカルチャーを描いた本作は、無自覚に背負う「女として」「妻として」「母として」こう有るべきだと言う既成概念をブレイクスルー。背負ってるモノは降ろして良いんだよ。それが赤ちゃんの行動に結び付く。終盤で描かれる彼女を見れば、凡人では有るけど出来ない女性で無い事が分る。それは世の女性達も同じなのよ、と。問題なのは実直な彼女達を上手く利用して使い捨てる旦那や会社。本作を観た貴方はもう、指示待ちの女性では無い筈だ。

過去を振り返らず何処へ行くかも自分で決める、人生のハンドルは貴方が握るのです。
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