じゅ

ヒューマン・ボイスのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

ヒューマン・ボイス(2020年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

ティルダ・スウィントンすげー。あるいはアルモドバル監督すげーって言うべき?どっちもか。たった一人がだいたい同じところを喋りながら歩き回るだけでこんなに魅せれるんだ。

4年連れ添った夫か恋人かわかんないけど、他の女のところに行って3日帰って来なくてもう荒れに荒れるってかんじの内容。その男から非通知で掛かってきた電話で初めこそ平気で独りを楽しんでいるふりをしていたけどそんな嘘も保てなくなって存分に取り乱した後は吹っ切れて2人で住んだ場所を焼き払って彼の愛犬ダッシュと一緒に出て行く。


ジャン・コクトーの『人間の声』という戯曲に基づいているそう。

そもそも戯曲って何?スティーブン・キングの小説『シャイニング』でジャックが頑張って書いててついにdull boyになっちゃったやつ。
戯曲とは、「舞台上で観客を前にして、俳優が演じる劇的内容(→物語の展開)を、登場人物の対話・独白(→台詞)を主とし、演出・演技・舞台の指定(→ ト書き)を補助的に加えて、記したものをいう」んだそう。脚本とか台本と同じ意味でも使われるけど、「作者(→劇作家)の思想性を重視し、文学作品としても鑑賞できるような芸術性をもった作品をさしていう場合が多い」とのこと。「」内は三股町立文化会館のHPから転載。
へー。

件の戯曲は、富山大学(かな?)で2007年に発行された人間発達科学部紀要の第1巻第2号のpp. 117-128で千田恭子さんが日本語訳してくれてる。一通り読んではみた。せっかくこだわりの和訳を出してくれたのに、電話相手の男を思い描くための「・・・」をざーっと読み飛ばしちゃうの我ながら超勿体ないとは思うけど。文章読むの下手なんよな。
交換手さんが電話のあっちとこっちを繋いでいた時代。混線しまくっていて音は悪いし不意に切れる電話が、たった独りの演者の女性と彼女が愛した男を繋ぐ最後の紐。今すぐにでも消え入ってしまいそうな"あなた"の声に、どうしようもないと知りつつ縋り付く。
だいたい感じた印象こんなかんじ。


初めこそ私はあなたと時間を共にして幸せだったからお別れも大丈夫みたいに取り繕うけど、そんな心のメッキが剥がれてく、みたいな流れは戯曲も映画も一緒だった。剥がれて露わになってもはや何も包み隠せない心から溢れ出した言葉たちの声こそが、正真正銘のいわば『人間の声』ということなのかな。

アルモドバルが自由に翻案したという本作は、原作と同様に"あなた"と共にいた幸せも離れる苦しみもあった上で、加えてもう帰ってこない"あなた"への憎しみもあったと思う。そこがまず変わった点なのかな。斧振りスウィントン大好き。
しかも、原作では受話器が"あなた"であるかのように抱きしめて「あなたが好き、愛してる」と向こうに電話を切ってもらってその後はベッドに倒れ込んで受話器を落として終わるけど、本作では彼と住んだ場所に火を放って自分から電話を切ってそれまでとは異なる雰囲気の格好で彼の犬を従えて何処かに出て行く。随分と力強くなったな。

愛おしさと憎らしさとか、か弱さからの力強さとか、混沌とした心情の変遷ぜんぶ剥き出しの心から生じた人間の声なのだろう。


初演が1930年。90年も経てばいろいろと変わる。有事でもなければ電話は混線しないし、原作ではまるで命綱かのようだった電話線だの受話器のケーブルももはや必要ない。なにより、"あなた"がいなくなるのは恐ろしいけどべつに生きていけないわけでもない。
あと火をつけてあんなにすぐに駆け付ける消防隊はまじで優秀。
じゅ

じゅ