chaiks

書かれた顔のchaiksのレビュー・感想・評価

書かれた顔(1995年製作の映画)
4.0
「虚構と現実の狭間で」

監督は1995年日本スイス合作のこの作品をドキュメンタリーではなくフィクションだといった。
「坂東玉三郎」という稀有な女形45歳を中心に、杉村、竹原、大野などを絶妙に配し、彼ら伝説的芸術家の黄昏についてのトワイライトについての物語を作ったと。インタビューにも「黄昏の夢、あるいは夢の黄昏」と。
フィルム作品ならではの映写機の操作音が心地よく、映像も音声も独特の雰囲気を楽しめる秀逸作品。


この夏、南座で念願の玉三郎公演を、正面中央六席目という良席で観る機会に恵まれた。
「夜叉ヶ池」で40数年前に初めて目にしたこの世のものとも思えない、その妖艶な姿に圧倒されたのが昨日のことのように思い出され、素晴らしい立ち居振る舞いの演技と舞踊にすっかり魅せられた。歴史的なこの空間でまさに儚い夢を見ていたかのような時間。

現在、御年72歳。
率直に年を重ねることや肉体的な衰えを認めてはいるものの、その動きは静と動が冴えわたる。さらに舞踊で着物の袖口から真横に伸ばされた指先や所作のなんと優美なことか。時折目が合いそうになるほどの距離に圧倒される存在感。

その柔らかな物腰と語り口、果ては息の仕方、その存在に至るまですべては虚構だったのではないか。
後日、この映画を観て改めて混乱している。


確かに彼の前に彼はなく彼の後ろにも彼は存在しない...それは周りを固めた黄昏時の彼らにも同様に言えること。とりわけ101歳現役芸者蔦清小松の恰好良さは一瞬で虜になるほどだ。
そこには凡人に計り知れない彼らの積み重ねた厳しい現実の時間(書かれた顔)があり、それらが確実に存在していると想うと背筋がしゃんとする思いになり涙があふれた。
これから先も自分なりに顔を書きながら、自己のエネルギーを惜しむことなく余すところなく使い切って逝きたい。改めて心からそう強く感じた。

本当に伝説として語り始められる前に、今一度、虚構を確かめに劇場に足を運ぶつもりである。
chaiks

chaiks