歌猫まり

セブンの歌猫まりのネタバレレビュー・内容・結末

セブン(1995年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

デコボコバディというふたりのメインキャラクター、常にザーザー降りの雨などの世界の雰囲気作り、重なってゆく事件と犯人探しがだんだん加速していく脚本、もう間違いない実力者揃いの俳優陣と、サスペンスとして隙の全く無い作品でした。

やっぱりラストシーンには言及したくなりますね。どこまでが脚本家、監督の意図したものかはもちろん分かることはないんですけども、素晴らしい説明不足さ、不完全さというか、ついみんなが考察の方へといってしまうような読後感(もちろん本じゃないから読後感じゃないんだけど。観後感? そんな言葉は無いんだけど……)は傑作たる所以ですよね。

自分は人間は誰しもが不完全であることを描いたラストだったのかなと思いました。誰しもがどうしようもなさを備えている。
負けとわかっても撃ってしまうミルズと、本音をミルズに言えず殺害までされてさらにミルズが最後に負ける遠因になるトレイシーはわかりやすいところですね。

そして、ジョンもあーだこーだ言いますが自分の計画は変更してしまっているし、殺された7人の計算(本当に7人なのかも盛んに考察されてますね、トレイシーのお腹の子供は含めるのかとか。)もあやふやだし、ジョンの用意したクライマックスの舞台に届く荷物も7時1分と時間過ぎちゃってるし(遅れてきた配送業者もどうしようもない。)と、やっぱりツメが甘い感じがします。
「嫉妬」が自分だと言いますが、その白々しい感じは、人数合わせしてるだけのようにも見えます。神(完璧さの象徴)に選ばれた神の行為の執行者を自称するわりにグダグダで全然完璧じゃないです。

そしてサマセット。この映画の最後の最後は「ヘミングウェイが書いていた。『この世は素晴らしい、戦う価値がある』と。後半の部分は賛成だ」というセリフで終わりますが、考え方が誰かの引用と解釈のスライドというのはサマセットを象徴しています。
劇中でも多くの引用に気付くサマセット、反作用的に彼自身もそれらで構成されていることが描かれます。
そして、中盤にミルズにも「人生は無意味だ」という考えを「そう思うから辞めるのではなく、辞めるからそう思いたいだけ」と指摘されますが、サマセットの考え方も完璧でないことが示されています。
そもそもサマセットという名前もサマセット・モームの引用だし、「人生は無意味だ」もモームの引用で、徹底されてますね。

このように、みんなそれぞれのどうしようもなさを露呈しています。
人間のどうしようもなさは、克服されるものでもなく、「けど、だから人間はいいんだ」という人間讃歌でもない、純粋などうしようもなさ。そんなことが描かれているのかなと思いました。

隙の無い作りという土台に乗っかった見やすさと考察のしがいがタップリ詰まった、傑作ですね!
歌猫まり

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