otomisan

ダーク・アンド・ウィケッドのotomisanのレビュー・感想・評価

4.0
 悪魔は人からなんと認識されようと頓着しない。そりゃそうだ、狩られるのは人の方だもんで。では信じないまま狩られるのと信じながら悪魔を恐れながら狩られるのとでは悪魔にとっての旨味がなんぼか違うんだろうか。
 テキサスの片田舎、ストレイカー家を巡って悪魔の大刈込が始まり、危篤の父親ばかりか母親、子供二人、看護師、果てはシカゴの伝道師まで6人の大収穫だが、その仕掛けはシカゴの伝道師の娘ルイーズの死までさかのぼる。ストレイカーの娘も同じルイーズで、ルイーズつながりで発展したストレイカー狩りが神を苛立たせる悪魔のお楽しみなのか、もとより神など悪魔の捏造で悪魔をことさら恐れさせるための絶望の罠なのか。
 伝道師に化けた悪魔が、悪魔に関して「狼の無頓着」のたとえを語るが、狼も無駄な狩りで資源の乱費はせず慎ましく暮らしているものの、その狩りは壮絶である。対して人は悪魔の資源として増殖欲が強く、旺盛な発明発見力で濫費を上回る過剰生産と破壊力を発揮する。同時に愛に執着し、神と神の子、神の似姿を信じやすいが、異教徒、異相の人々、新しい考えをともすれば嫌い、その狩りは異常な凄惨さに及ぶ。
 これは悪魔にとって養う必要のない好都合の「子羊」だ。それでも悪魔は資源を乱費せず一度にひっそりとストレイカー絡み限定の狩りに止める。と、これは悪魔を過小評価しすぎかもしれない。ストレイカーの一件はほんのおやつ程度、たまの宴会では全球単位、数世紀掛りの仕掛けで国単位、民族単位の怒りや恐怖を煽り立てじっくりと億単位の狩りを楽しむのに違いない。
 6名もの大刈込のつもりで眺めた一件だが、当の悪魔にはお遊び程度だろう。それでも、人間時間で一週間の仕込みの末、目当てのルイーズまで恐怖のうちに仕留めきって獲物の旨味も倍増しか。では今夜は夜食まであといくつの仕掛けを遂げるのだろう。
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