映画が好きな人間として、こういう「なんだこれは!」という映画を劇場で観られるのが最上の喜び。脚本、間合い、演技と映像、エンジン音と説得力、何からなにまで非の打ち所がない。
濱口竜介監督は、わたしの前に現れた新しいヒーローだ。
助手席に乗った男が、おもむろに「ぼくはきみのことを深く愛しているけど、ひとつだけ許せないことがあるんだ」などと話す村上春樹の原作小説の雰囲気と、濱口流の独特な空気感がハマって、終始とらえどころのない浮遊感のある映像になっている。
179分この映画が表現し続けるのは、つねにうつろっている現在という時間の不安定さ。演技の上に演技(虚構のなかに虚構)をかぶせることで、物語が予測不可能なものになる。するとスリルが容易に生み出せるし、物語は振り幅をもった深いものになる。
それから音。
ずっと音に集中してくれとこの作品は訴えかけている。沈黙の音、とは果たして何を意味するのか?
曖昧なもの。はっきりせず手話のように一瞬で消えるイメージ。
演技、表現である。
なにかを見落としてはいけないと思い、片時も目を離せなかった。とんでもない作品。