蟬丸

ドライブ・マイ・カーの蟬丸のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.7
村上春樹は食わず嫌いというか、嫌いでもないからただ"食わず"なだけなんだけど、読んでみようかなと思った。
 喪失と破壊と再生と登場人物の感じとかが『永い言い訳』を彷彿とさせた。最近見返したから、というだけにとどまらず。
 真実そのものより、知らない真実があることの方がおそろしい、よくわかる。なにかあると分かっていても暴きたくない嘘をも含んだ禍々しい真実。それを解き明かしてしまうと、その人との間にある微妙なバランスで成り立っているなにかが壊れてしまうというような、底の知れない恐怖。知ってしまうと、自分が傷ついてしまう。向き合わないでいるうちは傷つかないで済むから、これは相手への優しさなんだと自分に言い聞かせてなにもなかったフリをしてしまう。でもそれは自分のためでしかない。
 半ば無意識的に、もう半ば意識的に、傷つき損ねたり傷つき忘れたりすることがある。自分勝手な感傷に浸ったり、悲嘆にくれている自分に酔っている状況は最悪だ。病識のない患者が治療し難いように、壊れてしまった自分を再生させることができなくなってしまう。妻の声が吹き込まれたカセットテープの音は、彼女のほんの一部でしかなかった。それがよく響くひとりの車の中は、居心地の良い不幸だった。
 ふとした瞬間に自力でたどりつく人もいるけれど、誰かが強引にドアを開けて自分の人生に乗り込んでこなければ気づけない人の方が圧倒的に多い気がする。守り通してきた自分を壊してちゃんと傷つかない限り、誰のことも、いちばん近くにいる人でさえも抱きしめられないことに。
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