風の旅人

ドライブ・マイ・カーの風の旅人のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
5.0
人は他人を十全に理解することができない。
どんなに親しい間柄だろうと、一つ屋根の下で長い時間を過ごそうとも、わからない部分は消えない。
彼女が自分に見せる顔と、他の誰かに見せる顔は違う。
男性は得てして女性に謎を見出し、表層/深層の二分法で考えがちだが、たった一つの真実をいくら追いかけても辿り着けない。
あるのはそれぞれに現前する姿だけだ。
あのとき、音(霧島れいか)が家福(西島秀俊)に取って欲しかった行動は、目の前の現実から逃げることではなく、自分と向き合い、対話することではなかっただろうか。

我々は心の傷を打ち明けるとき、何も答えを求めているわけではない。
ただ自分の話を聞いてほしいのだ。
そんな信頼できる関係を築くためには、それ相応の時間を要する。
本作が3時間近くの長尺になった理由はそこにある。
家福とみさき(三浦透子)が打ち解け、互いの身の上話をするに至るまで。
だからこそ車中でタバコを吸う禁を解くシーンは感動的なのだ。

人生という道の途上では、様々な予期せぬ出来事が起こる。
それらは自分でコントロールできない。
どんな苦難が待ち受けていようとも、人は生きていかねばならない。
しかし一つ一つを取り出せば悲劇でも、全体を見れば映画になる。
濱口監督の前作『寝ても覚めても』がそうであったように、本作は終わるべきときに終わらず、物語は続いていく。
なぜなら濱口監督にとって映画とは人生そのものであり、人生に区切りのいい終わりなどないからだ。
だから観客はそこに自分が生きた時間を感じるのだと思う。
そんな映画が撮れる監督は世界でも数える程しかいない。
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