えむえすぷらす

ドライブ・マイ・カーのえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
5.0
濱口監督作品は『寝ても覚めても』以来の2本目。本作はファーストランでは観に行きやすい所で上映がなく今回のアカデミー賞ノミネートの復活上映でようやく観られた。

生々しいアバンタイトルでの脚本家の妻との関係性描写に始まる。行為の後で紡がれる生々しい物語は朝を迎えてプロットとしてテキストに変わっていくあたりはいかにも村上春樹らしい描写。

劇中舞台劇『ワーニャおじさん』を広島で開催される国際演劇祭上演に向けて稽古をつけていく。その練習描写の大半を本読みに当てしかも感情を乗せない棒読みを求めて出演俳優らを困惑させる。でもこのスタイルは本作の世界の登場人物の演技にも共通した演出であり、そこで相手役の台詞も全て把握してそこでようやく物語世界への理解の道が開かれるのだという哲学に通じる。それは主人公家福(かふく)のもはや取り返しのつかない伝えるべきだった言葉、思い、感情があり、ようやくそこに辿り着いた事でスターティング・ポジションに立てた事、でもそれが単なる道標の一つ、通過点にしかならないと気付かされる。

人が生きていく事はサヴァイヴする事であり、傷も何もかもかかえてなお歩むしかない。その事への気付きは家福や「問題ありません」と頑なだったドライバーの二人への祝福として与えられるほんのちょっとしたご褒美。

自らを律することへの問題を抱えた青年役を岡田将生さんが演じていてその衝動を最後に見事に昇華させていた。彼は人として決定的な過ちを犯す。でもそんな彼にもほんのちょっとしたご褒美として彼の思い、感情を見せる瞬間が訪れる。登場人物達に何か与える使い捨てにしないいい映画だと思った。