ヨスケ

ZAPPAのヨスケのレビュー・感想・評価

ZAPPA(2020年製作の映画)
4.2
映画は冒頭で1991年チェコ共和国の首都プラハにいるフランク・ザッパを映す。1989年から1990年にかけて起こったビロード革命により、ソ連の支配から自由になったチェコスロバキア。ロシア軍の撤退を祝った式典に招かれたザッパの姿である。52歳で早逝したザッパの、公にギターを弾く姿を記録した最後の映像。ザッパは観衆に語りかける。「ギターを弾く理由ができたのは三年ぶりだ。皆さんご承知の通りこれはこの国の新しい未来の始まりにすぎない。ぜひその新しい未来を素晴らしいものにしてほしい、申し分のないものに。そして次なる変化に直面しても、チェコの独自性を保つよう努めてほしい。他の国のようになるのではなく、他にはない国のままに」。このとき既に癌を宣告され闘病中でありながら、機知に富んだポジティヴな言葉で聴衆に寄り添う。

 政治家や権力者に対する風刺や皮肉を多用し、人種差別などの社会問題に対する鋭い批評を込めた制作スタイルを貫いたザッパ。兵役に対する批判や、ニクソン政権下で長引いたベトナム戦争に対し反戦のスタンスを表したほか、冷戦時代の対ソ連政策や軍拡にも疑問を投げかけるなど、過度な軍拡が平和に対して脅威を生む可能性があることを強く主張した。また、芸術家や表現の自由を重視し、レーガン政権が文化と芸術に対して制限をかけることに強く反発する。政治家の妻達が中心となり設立したロビー団体PMRC(保護者のための音楽情報センター)が、歌詞に「暴力」や「性的な表現」が含まれているとされる音楽に対する注意喚起や制限を求めると、ザッパは激しくそれを批判。PMRCが提起した規制は実際には子供たちのためにならず、表現者の自由を奪う危険性があると懸念し抗議行動を展開した。

 生前のインタビューでザッパはこう語る。「今問題なのはメディアや政治を支配している連中だ。普通の暮らしも支配する彼らはいいことを何もしない。普通の人になんて興味ないからだ」。半世紀も前の彼の言葉はまるで現在を生きる私たちの社会に向けられた言葉のようだ。映画『ZAPPA』が本国アメリカで公開されたのは2020年の終わり頃。それからおよそ一年後にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始された。日本公開の2022年4月に本作に接した我々は、ますます混迷を極めるロシアの軍事侵攻になすすべもなく、映像の中のザッパの言葉を極めて厳粛な心持ちで聞くこととなる。監督のアレックス・ウィンター自身も意図し得なかったこの偶然の一致に驚き困惑しているのではないだろうか。
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