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偽りの隣人 ある諜報員の告白のmaverickのレビュー・感想・評価

4.6
2020年の韓国映画。80年代の軍事政権下を舞台にした人間ドラマ。主演は『ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜』のチョン・ウ。監督は『7番房の奇跡』のイ・ファンギョン。


ストーリー自体はフィクションだが、実際の出来事を絡めてリアルに作り上げられたドラマだ。民主化運動弾圧だけでなく、大統領候補の拉致と自宅軟禁といったエピソードまでをも盛り込んである。軍事政権下にこのようなことが起こっていた事実。それを広く知らしめ、自由に生きることの大切さを痛感させる。

国家の考えに反する大統領候補を自宅軟禁に置き、その言動を随時監視する体制が取られる。その監視役として選ばれるのが主人公。隣の家で部下と共に潜み盗聴する。国家に忠誠を誓う主人公だが、監視を続けるうちに疑問を持ち始める。これは本当に正しいことなのかと。対象とその家族に触れ合う内に心は大きく揺らいでゆく。

内容とジャケットから、2006年のドイツ映画『善き人のためのソナタ』を連想するが、中身はだいぶ異なる。相手の人間性に触れ、主人公が考えを改めるという根幹は同じ。愚かな歴史を見せることで自由の大切さを説く部分も一緒。だが作品性は大きく違う。まず驚くのが、重たいテーマの割にとてもコミカルだということ。韓国映画お得意の、敷居を下げて気楽に見せるという手法だ。『タクシー運転手 約束は海を越えて』などに代表されるように、韓国映画の序盤は大抵コメディ調で始まる。導入部にコミカルさを入れることで観客の心を一気に掴むわけだ。愛嬌のある部分を見せることでキャラクターに共感もしやすい。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のような軽快なテーマソングも効果てきめんである。だが本作に関しては序盤だけでなく、半分以上がコミカル。これには驚きだ。ドリフのようなドタバタ劇が中盤もずっと展開する。そしてそれが作品の良さにしっかり直結しているのである。重たいテーマをそのまま重たく描くのではなく、心に響かせるために効果的に笑いを取り入れている。本質をしっかり分かっているからこそ出来る芸当だ。

何が大事かを見失い、ただ笑いに走っていては意味がない。本作で大事なのは何が正しくて何が間違っているかを観る側に感じ取らせること。笑いによって生まれる微笑ましいドラマをしっかり作り上げ、そこに理不尽な暴力による悲劇を差し込むことで観客の怒りや悲しみの感情はより強くなる。悲劇の描写は打って変わって容赦がないのも韓国映画の特徴。実際にこうした理不尽さで多くの悲劇が生まれた過去がある。微笑ましい日々が無残にも奪われるのは許せないこと。それを強く感じさせるために、笑いの部分があえて増し増しだというわけだ。喜劇と悲劇のバランスが絶妙である。

主人公を演じるチョン・ウの誠実さに感動も倍増する。情けなさも同居する笑いの部分と、真っすぐに信じることに突き進む熱血さで主人公を的確に表現している。大統領候補の男を演じるのはバイプレーヤーとして有名なオ・ダルス。ちょっと情けなくて笑っちゃう部分はもちろんのこと、本作では抑えた演技で堂々たる風格を見せる。正義を貫く理想の大統領像にぴったり。こういう人が世の中を良き方向へと変えるのだと、そう思わせる人間性の部分にぐっときた。憎たらしい室長を演じるのは、こちらもバイプレーヤーとして有名なキム・ヒウォン。他にも濃いキャラが多くて非常に多彩で見応え十分。大統領候補の娘役のイ・ユビも印象的だった。演者もそれぞれ個性的で、キャスティングの幅広さも功を奏している。


笑いが半分以上を占めていても、ジャンルがコメディにならないのが本作の特徴。ジャケットのイメージ通りの良質な人間ドラマだ。後半はめちゃくちゃ泣いた。二転三転する展開で目が離せないし、そこでも笑いを入れるのかと最後まで意外性がある。韓国の激動の歴史を語るに相応しい作品がまた生まれた。2017年の『1987、ある闘いの真実』と合わせて観るのがお勧めだ。こういう国にしてはいけないと強く思う。こういう映画が作られることで、国の取り組みにも関心が自然と向くことだろう。若者が選挙に関心を持つきっかけにも繋がる。負の歴史があるからこそだが、こういう映画を作る韓国をうらやましいと思う。評価通りの良質作品であった。
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