ジャン黒糖

マ・レイニーのブラックボトムのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

3.3
チャドウィック・ボーズマン最後の出演作にして、アカデミー賞主演男優賞ノミネートされた作品。

【物語】
レコードの発達に伴いアーティストの音源のレコード化、販売が普及し始めた1927年。
南部を中心に巡業し黒人の人気を集めてきたマ・レイニーは楽曲「マ・レイニーのブラックボトム」収録のため、バンドメンバーらとシカゴのスタジオを訪れる。
メンバーの1人、トランペットのレヴィーは曲も作れて、いつかは自分のバンドを持ちたいと考える野心家。
だが彼のリズミカルな曲のアレンジは、マ・レイニーの意に沿わない内容となっており、それがスタジオ側とマ・レイニー、レヴィー自身と他メンバーの衝突を招いてしまい…。

【感想】
この作品を最後に亡くなったチャドウィック・ボーズマンの姿は、役柄と関係なしにやはり痩せ細って見えてしまう。
役に憑依したかのような演技はすでに『42〜世界を変えた男〜』『マーシャル 法廷を変えた男』でも証明済み、本作では彼らのボスでもあるマ・レイニーの陰で目が出ず、作曲もできる演者として別の道を歩みたい、と情熱を燃やすあまり周囲を悪い方向へと巻き込んでしまう人物を、役柄の危うげな感じまんま体現。
後半、彼がついに怒りのあまり慟哭する場面は、映画というより舞台を見ているような、1人の男のギリギリの精神状態を、チャドウィック・ボーズマンが文字通り熱演していて見入ってしまった。

この年のアカデミー賞授賞式は彼が亡くなったあとということもあってか、ヒース・レジャーのごとく受賞間違いなしのムードにあった。
ただ、彼が演じた役はマ・レイニーが率いるバンドメンバーの1人、という位置付けもあってか、映画作品に占める”主演”としての相応しさでいえば、結果的に『ファーザー』のアンソニー・ホプキンスが、それこそ常軌を逸した演技で最優秀を受賞したのも納得と言えば納得。
ただ、それでも本作で彼が演じたレヴィーという男の、今にも追い詰められているかのような男の切迫な演技は引き込まれた。

今までのチャドウィック・ボーズマンの出演作であればどんなに切羽詰まった状況でも、自身の誇りを保とうと真っ直ぐな態度をあり続けようとする男性を演じることが多かった、
確かに今回彼が演じたレヴィーという男は、すでにバンドメンバーからも煙たがられているほど、孤立に追い込まれつつある男だが、それでも音楽に対する情熱だけは誰にも負けていない。

穿った見方かもしれないけど、レコードという媒体が誕生したことで、そんな彼の情熱さえも含め、黒人カルチャーが白人によって商業的に消費されていってしまう時代の変化に対する黒人側の自尊心が本作のテーマなのかもな、と思った。

映画冒頭、1927年のアメリカは南部から北部に行くことで職業選択の幅も広がり幸せになる!と謳った新聞記事が出てくる。
ただ、その記事に出てくる募集先は執事やウェーター、料理人などであり、いわゆる高給取りな職業ではないことからも、本当に北部に行くことが幸せなの?と思わざるを得ない。

そんな時代のなか、マ・レイニーとバンドメンバーらはシカゴで録音するのだが、当然衝突が絶えない。
マ・レイニーはスタジオに到着するそばから車の事故で警察と衝突し、立ち寄ったレストランでは白人から白い目で見られ、自分のオーダー通りに環境作りをしようとしないスタジオ側にも苛立ちを隠せない。

「連中が欲しいのは私の声だけ」とこぼす彼女がそれでもなぜブルースを歌い続けるのか。
中盤、彼女は信頼のおくメンバー1人にブルースが持つ力と想いを語る場面があるが、そこに彼女なりの自尊心が見える。

たしかに彼女の態度は常に傲慢で取り巻きからすれば扱いづらい存在かもしれない。
ただ、そうでもしないと白人によって搾取されていくブルースを自分の思う形で世界中のファンに届けられないかもしれない。
そんな想いが彼女にはあるのかな、と思った。


一方、バンドメンバーのトラブルメーカー的存在であるレヴィーは、そんなマ・レイニーのやり方を「時代遅れなこだわり」といい、トレンドに合わせて踊れるようなリズミカルなアレンジを加えようとする。
そんなアレンジはクソ食らえとばかりにマ・レイニーは吐き捨てるが、彼は彼でこのアレンジが必要だといい、さらには自身の作曲した曲をレコード会社に売り込もうとアピールに必死。

ブルースはもともと労働力として故郷からアメリカに連れて来られた憂いなど、文字通りブルーな感情を歌った労働歌として19世紀後半にはすでに誕生していた歴史を持つという。
そこにリズミカルなアレンジを加えるというのには、彼なりの自尊心があるし、なによりそれこそのちR&B、"リズム&ブルース"の始まりだったのかもしれない。
そう考えると、レヴィーは時代を先取りし過ぎていたのかもしれないし、マ・レイニーはやがて来るR&Bの時代からすると取り残されることをどこか感じていたのかもしれない。

そんな、時代が少しずつ変わりゆく1927年を舞台に、たとえ白人に搾取されようと自尊心を保とうとする対照的な2人の姿が重々しい。
ラストには誰も救われない気が重い結末。

2人の演技合戦にぐいぐいと引き込まれたが、全編通して常に重たい、"ブルー"な感情が漂う1本だった。

チャドウィック・ボーズマン、改めて才能と情熱溢れる方でした。合掌。
ジャン黒糖

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