ムーミンの小説は子供の頃に愛読していたけど、トーベ・ヤンソン本人の事はほとんど知らず、気になって鑑賞。
「ムーミンの作者の話だし、ファンシーで可愛い描写が沢山あるのかな」
「ピーターラビットの作者ポターの伝記映画『ミス・ポター』みたいに」
というのが鑑賞前の気構えだったが、良い意味で期待を裏切られた。
トーベ・ヤンソンはおっとりしたムーミントロールとは真逆の、豪快で情熱的な人物。
乱痴気騒ぎのパーティーでハードリカーをかっくらい、
絵を描きながら常にタバコをふかし、
報われない恋にその身を焦がす。
作品の主軸を成すのは、同性愛が精神疾患ひいては犯罪とされていた当時のフィンランドにあって、トーベが舞台演出家の女性ヴィヴィカに激しい愛情を寄せる物語だ。
女性同士が激しく求め合うセックスも劇中で何度も描写される。
この時点で、ムーミン谷の雰囲気を擬似体験する目的で観た人は度肝を抜かれることだろう。
一方でトーベはアトス・ヴィルタネンという男性とも親しい関係にあった。
彼と婚約するも、ヴィヴィカの事が忘れられず葛藤し、彼のことを傷つけてしまうシーンが印象深い。
また、彫刻家の父親と挿絵画家である娘トーベの確執も重要な要素として扱われる。
ムーミンのイラストを描くトーベに対し、父は冒頭から「そんなものが芸術と思ってるのか?」と言い放ったりと、劇中で何度か自分の芸術観を娘に厳しく押し付けようとする。
トーベ本人も「挿絵はビジネスのためにやってるだけ。本当の私を表す芸術はこっち(油絵)よ」と、まるで葛藤する自分に言い聞かせるようなセリフをこぼす。
メインビジュアルが示すように、トーベは劇中で何度も激しいジャズやタンゴを踊る。
重要なのは、なかばヤケのように踊る彼女は決して笑顔だけでなく、いつも葛藤を抱えた複雑な表情を浮かべている事だ。
自分が本当に愛したい人は誰なのか?
自分が本当に追い求めたい芸術は何なのか?
「大切なのは、自分のしたいことがなにかを、わかってるってことだよ」
映画のキャッチコピーとして引用されたスナフキンの言葉は、愛と芸術に葛藤し続け、ようやく生涯のパートナーと出逢うラストを見届けた後で、より深みが増すように思えた。
「絵を描いてるの?」
「ええ、まだ途中よ」
「タイトルは?」
「"新しい旅立ち"」