くまちゃん

Mr.ノーバディのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

Mr.ノーバディ(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

冒頭でのハッチのルーティーン。
月曜から金曜まで同じことの繰り返し。
それは一種のループ物のように不安を煽る。
変わらぬ日常。誰からも評価されず、抑圧した何かを抱えながら生きてるだけの毎日。共感する者は多いだろう。

刺激的な日常を、家長としての尊厳を取り戻す特異な出来事。
強盗との遭遇。しかしそれはハッチの感情を爆発させるには至らない。
息子は勇敢に戦ったが、ハッチは振り上げたゴルフクラブを静かに下ろす。
幻滅する息子。妻や警察の目もどこか冷ややかで侮蔑的。それでも家族がいれば幸せなはずだった。

幼い娘は猫のブレスレットを探していた。強盗に取られたのではと呟く。
次の瞬間ハッチは家を出る。
身支度を整え、強盗の手首に施されたタトゥーを頼りに探し出す。
個人を特定するのは造作もない。
それは若い夫婦。しかも赤ん坊がいた。
剥き出しの刃と成りかけたハッチの感情はしっとりと鞘の中へ収まっていく。

燻った感情を抱え、欲求不満な中年オヤジはバスに乗る。静かに最後部へ鎮座する。
そこへ途中乗車してくる若いチンピラ衆。不幸にも乗り合わせた女性を取り囲むように絡んでいる。
彼等は酔っている。それにしても質が悪い。女性を守らねば。
ハッチの理性は激しい暴力衝動と抑圧され続けた承認欲求に刺激されリミッターが解き放たれる。

狭い空間での戦闘シークエンスは実に合理的かつ現実的。ハッチは無敵ではなく満身創痍に陥るのも的確な演出。
なぜならボロボロになりながらもどこか充足感に溢れたハッチの清々しい表情を際立たせているからだ。

撃退したチンピラの一人はロシアン・マフィアのボスユリアンの弟だった。

自分一人ならそこまで大事にはならないだろう。だが、彼等は家族を狙った。
これだけは許せない。と、言いながらも先に相手の弟を殺害した因果応報、自業自得なハッチ・マンセル。

父デイビッド、異母兄弟ハリーと協力しユリアンを迎え撃つ。

デイビッドが襲撃された際、狸寝入りからのショットガン、さらにTVの音量を上げ、呆けた老人を演出する周到さ。まさに人知を超えた魑魅魍魎の類か。
演じるクリストファー・ロイドは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」出演時より実年齢と見た目にギャップがあったため、彼がまだ存命していたという驚愕のキャスティングも、その不気味さを際立たせる要因だろう。

今作に目新しい要素は皆無である。
並外れた戦闘スキルを有するうだつの上がらない中年は、映画内には数え切れないほど存在する。
「96時間」「イコライザー」「ジョン・ウィック」etc
その中で今作はセンス溢れる演出とハッチの趣味と思われる上品なレコード音源によってクールでスタイリッシュに仕上がっている。

主演を努めたボブ・オデンカークは60歳にしてアクションという新たな扉を開いた。親近感のある絶妙な体躯が泥臭くも激しい殺陣に説得力を付与している。
自分はただのおじさんなのだと。普通の中年なのだと強調しているかのようだ。
その意味ではジャッキー・チェンにも近いのかもしれない。
彼は初老でもアクション映画に主演できるというリーアム・ニーソンが開拓したモデルケースに乗れる、いや、独自の道を切り開ける素質を持っている。

余談ではあるが髭をはやしたボブ・オデンカークがちょっとだけチャック・ノリスに似ている。
くまちゃん

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