MasaichiYaguchi

けったいな町医者のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

けったいな町医者(2021年製作の映画)
4.0
兵庫県尼崎市の在宅医・長尾和宏さんの日々を追ったドキュメンタリーを観ていると、終末期医療とは、総合病院や大学病院等の大きな病院と商店街や住宅街にある町医者との役割を含めた違いとか、更には「幸せな最期」とは何かについて「目から鱗が落ちる」思いがした。
晩年重い病を得て後は死ぬだけになったら、家族に負担を掛けることなく、最新設備があり、医師や看護士の医療スタッフが常時いて安心感のある病院で看取られながら亡くなるのが良いと思っていたが、そんな考えが本作で一瞬にして吹き飛んだ。
医療は往診にあるという信念の下、「病」以上に「人」と向き合って「在宅医療」を行う長尾和宏さんの姿に何度も心が震えた。
長尾さんは、主な患者である高齢者との間に“壁”を作らない為に医師のユニフォームとも言うべき白衣を身に付けない。
その代わりに首から聴診器を下げて、患者さんのお宅に近くのおっちゃんが訪ねるみたいに往診する。
その往診は、相手が誰であれ分け隔てなく、恰も旧知の仲のように冗談やユーモアを交え、そして患者さんが痛みを覚えるところを擦りながら行っていて、人としての温もりが伝わってくる。
近年、私は有難いことに入院していないが、その間にされる栄養補給の為のブドウ糖溶液の点滴についてや、薬を沢山出してくれる所は良い病院だという考え方に関しても、本作で目が覚める思いがした。
インタビューに答える形での長尾さんの話は経験と実績に裏付けされていて、一つ一つに頷いてしまう。
長尾さんの別称として「尼崎のラストドクター」というのがあるが、それは在宅医として2500人も看取ったところから来ている。
それだけの人数になったのは、何時でも患者さん又はその家族と365日24時間連絡が取れるように携帯電話を持ち歩き、事有れば駆け付けられるようにしているから。
そしてその目指す終末期医療は、在宅で穏やかに枯れるように亡くなる「痛くない死に方」“平穏死”だ。
私は「安楽死」とか「尊厳死」、それに付随する「リビング・ウィル」は知っていたが、本作で初めて「平穏死」という言葉を知った。
「よく死ぬことは、よく生きることだ」ということを本作を観て、改めて痛感する。
長尾さんは終末期の患者さんによく笑い、よく歌い、よく歩くことを勧めるが、その“お手本”みたいに本人が色々な催しを開催し、楽しみながらも人々の為に真剣に取り組む。
映画の中で長尾さんについて“規格外”と評価する人がいたが、人の何倍ものエネルギーと情熱で患者達と向き合う“けったいな町医者”には頭が下がるのと、このような医師が近くにいたらと思ってしまいます。