河

アポロンの地獄の河のレビュー・感想・評価

アポロンの地獄(1967年製作の映画)
5.0
オイディプス王の神話を、不信仰であるが故に気付かずにいた巨大な闇に出会い、その闇が大きすぎるがゆえに世界から自分を閉ざす、自分の目を見えなくする話として立ち上げる。オイディプス王の行動が意思によるものだったのか運命によるものだったのかは明確でなく、その闇はもし意思によるものだとすれば人間の裏側に潜む闇に、運命として予め決定されたものであったとしたら構造としての世界の闇になる。
現代に生まれた子供がいて、その子供は音と映像の遊離がまだ概念的に事物を把握できていない。そのため、両親のセックスと花火、その音を一つの暴力的な何かとして分節できない状態で経験する。映像から遊離したような音が特徴的な映画で、その遊離がその子供の主観と一致する。その子供がオイディプス王の神話を自分のものとして経験し、最後にそのオイディプス王の出会った闇がモニュメントや墓地など街に残るものの裏側にある戦争などの闇と重ね合わされ、その闇が神話の時代から現代に至るまでずっと裏側に存在する、それによるカニバリズム的な暴力が繰り返されていることが示される。
ただ、オイディプス王の物語を経験し盲目となった主人公以外の現代の人々にはそれが見えていない、無関心であることが、観光客や現代の従者によってわかる。
冒頭の現代での赤ちゃんのシーンで窓越しに映る影、鏡による分裂など、ドイツ表現主義的な演出を引用してるのは、エディプスコンプレックスの話として精神医学の文脈でも共通するからであると同時に、今の世界、人間の裏側に支配的で暗い何かが存在するっていう主題が共通するからでもあるんだろうと思った。
没入感のある映像と、そこから遊離した鮮烈な音によって現代、神話のオイディプスの経験したことを自分が経験したような感覚がある。家族内での同族殺しの話を人類のカニバリズムの話に、神話をドイツ表現主義とともに現代にそれぞれスケールも時代も関係なく人類や社会に普遍的なものとして接続して、2時間ない間にそれを主観的に経験させていることに凄まじさを感じた。
『アッカトーネ』『マンマ・ローマ』を見た時はシュルレアリスティックな表現はありつつも、ものすごく頭が良くてアクチュアルなストリートの人ってイメージだったけど、この映画で一気に自分の中のパゾリーニのイメージに近づいたというか、一気に得体の知れないものすごい人っていうイメージに変わった。
赤ちゃんが両親のセックスの予感と花火を一緒くたに経験するシーンの、違うイメージが音映像共に同じ現象として同時に来るような感覚が非常に映画って感じで本当に良かった。
河