マヒロ

スペンサー ダイアナの決意のマヒロのレビュー・感想・評価

5.0
英国王室に嫁いだダイアナ(クリステン・スチュワート)はクリスマスを過ごすために息子二人と共に女王の別荘へやってくるが、既に夫チャールズとの関係も冷え切っており、王室のしきたりに縛られることを嫌うダイアナにとってこの時間は苦痛でしかなかった。息子たちとの時間以外息の詰まるような日々を過ごすダイアナは精神的に不安定になっていき、追い詰められた彼女はある決断をする……というお話。

王室を離れる寸前のダイアナ妃を題材にした作品だが、あくまでモチーフにしただけで正確な伝記映画ではなく、英国王室というとんでもない重荷を背負うことになってしまった一人の女性の苦悩を描いている。
対立する存在ながら王室が明確な悪として設定されているわけではなく、王室からしたらダイアナは公務をサボろうとしているようにしか見えないし、ダイアナから見たら休暇も取らずに公務を淡々とこなすだけの機械的なつまらない人たちで、本質的に相入れない存在であることがわかる。自分も畏まったしきたりとかは好きじゃないのでダイアナの気持ちは痛いほど分かるが、それが当たり前のところに嫁いできて何を言うかという王室の立場も確かに理解できる。

自分の意思を奪われるような堅苦しい世界の中で神経症的に苦しむダイアナの描写はなかなか恐ろしくて、自室はおろかバスルームにいても誰かが尋ねてくるプライベートの無さと、彼女を執拗に監視するグレゴリー少佐(ティモシー・スポール)という男の存在のいやらしさ、幽霊のように現れるアン王女の幻覚、行き場のない負の感情を発散するかのように行われる自傷行為など、胃のキリキリするような描写がとにかく上手い。この手の映画はお手のものなジョニー・グリーンウッドの上品ながらどこか歪さを感じるスコアも素晴らしい。
何より感動したのが、抑圧されきったダイアナがその狂気を解放させる幻想的な場面で、走馬灯のように映し出される彼女の人生の様子と、その中で見せる奇妙なダンスのシーンが良かった。大きなものの歯車になるのではなく自我をもった表現者として生きたいという想いの表れだと思うが、例えば『ブラックスワン』のラストの演舞、『母なる証明』の草原での踊り、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスの舞いのような、感情の爆発がそのまま肉体に表れてしまったかのような生々しさがあり、その得もいわれぬ迫力に圧倒されてしまった。
演じるクリステン・スチュワートの神経質な演技も最高で、憂いを帯びた美しさもありながら、内には反骨精神を秘めたダイアナというキャラクターにはぴったりのキャスティングだったと思う。息子と共に、彼女の救いとなるスタイリストの友人マギー(サリー・ホーキンス)の存在も良くて、サリー・ホーキンスの優しげな存在感も含め、終始冷たい空気の流れる映画の中で唯一ホッとできる瞬間を生み出してくれる良いキャラクターだった。

ドレスを着てうずくまる場面のキービジュアルが出た時から何かただならぬものを感じていたけど、その期待を裏切らない魅力的な一作だった。今年ベスト級の作品。

(2022.228)[31]
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