菫

スペンサー ダイアナの決意の菫のレビュー・感想・評価

4.5
大好きなダイアナ妃についての映画。
まず、Kristen Stewartの自然なイギリス英語に驚いた。イギリス人がアメリカ英語を使いこなすのはよく見るけれど、逆はほとんどない気がする。わざわざアメリカ人女優を使ったのは、それだけの理由があるということだと解釈した。確かに、懐疑的な流し目や、斜め下から見上げるような仕草がダイアナそのものだった。相当勉強したんだろうなあ…

明朗快活で社交的、誰にでもフェアに親切心と愛情を与えるといったダイアナの良さが窺えなかったことは残念に思うけれども、それは映画の構成上まったく仕方のないこと。本作で描かれるのは、精神を蝕まれ、窮地に追い込まれたダイアナだから。

彼女は勝手気ままな行動で、王室全体を煩わせる存在として描かれており、決して魅力的には見えない。しかし、周囲から敬遠されているような目線や態度がダイアナ視点で映し出されることで、私たちは孤独なダイアナに同情を覚える。写真撮影に遅刻する彼女を待つ王室メンバーは、みんなして微動だにせず、まるで置物のよう。保守的で面白みがなく、それでいて威圧的。王室に対するダイアナのネガティブな感情を、生々しく味わえる演出が素晴らしかった。

束の間の心安らぐ時間として、二人の王子との交流があった。息子たちとの向き合い方を通して、愛情深い母性が垣間見える。彼らに"普通のクリスマス"を体験させてあげようとするダイアナ。実際ダイアナは、「家庭教師をつけた自宅学習」という王室の慣習を壊し、二人を一般の幼稚園に通わせ、王室外の世界にも積極的に触れさせていた。もともと革新的な性格のダイアナは、王室の伝統に反発する姿勢を常に持ち続けていたが、とりわけ教育方針には彼女の信念の強さが反映されていたように感じる。


多くを語らないからこそ、数ある間接的な表現の力強さが光る。ドラマチックになりすぎることもなく、コンセプトに合った静かなストーリーテリングに好感。
一種のモチーフとして、"食べ物"が効果的に使われていた。厳格な様相の厨房と料理人たち… こだわりの食材を使ったありとあらゆる宮廷料理… 摂食障害に苦しむダイアナは豪華な食事に興味がないどころか、それらに拒絶反応さえ示す。そんなダイアナを見ているうちに私は、憧れだったはずの王室のダイニングを魅力的とは思えなくなっていった。いっぽうで、ダイアナが夜中に厨房に忍び込み、貪るように食べるデザートはどれも美味しそうに見える。彼女の心情によって見え方が変わる食べ物の撮り方には、強烈なインパクトを覚えたり……

ファッションも非常に印象的。彼女が "着させられている" 洋服は、高価で煌びやかなはずなのにどこか寂しげで。美しいパールのネックレスは、忌々しさを放つ。
本作に登場するファッションはすべて、ダイアナの不自由を象徴するものだった。やはり幸せというのは、心の豊かさだと改めて感じた。見かけの美しさや経済的な余裕がいくらあっても、心の安寧が欠けていれば、それだけで幸せを感じられなくなるんだなと。

ダイアナの冗談好きな一面や、劇中ほとんど見せることのなかった笑顔を引き出してくれた衣装係のマギーは唯一の救い。シスターフッド的な二人の関係性には和まされた。

スペンサー家の遠縁であるアンブーリン。
16世紀、自己中心的な夫のせいで悲劇的な死を遂げた彼女に、自らを投影するダイアナに緊張感が走る。実際のダイアナは36歳でこの世を去ったわけだが、これは奇しくもアンブーリンの生きた年数とほぼ同じ。夫に心を殺され、若くして亡くなったという点で、やはりダイアナとアンブーリンには微かな繋がりがあるように感じる。

意外にも後味のいいエンディング。
カカシが身に纏うイエローのワンピースが、どのファッションよりも華々しく見えた。閉塞的なサンドリンガム邸を飛び出し、息子二人を連れてロンドンまで車を走らせる。スペンサーとして生き直すことを決め、カジュアルな帽子を身につける。ダイアナの晴れ晴れした表情が輝いていた。生前ダイアナは、王子二人をお忍びでファストフード店に連れて行ったりしていたそうで。本作でもそんなシーンがあった。最高だ…



何かと「悲劇のプリンセス」として描かれることの多いダイアナ。伝統やルールに縛られるのが好きではない彼女は、そもそも王室生活に向いていなかったのだと思う。王室に入ったことが運の尽きだったのかもしれない。しかしただ一つ、チャールズからの愛さえあれば、ダイアナはきっと今でも王室で幸せな生活を送れていたはずだと私は思う。
菫