シズヲ

クライ・マッチョのシズヲのレビュー・感想・評価

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
3.7
イーストウッドは『グラン・トリノ』や『運び屋』では自己の総括をしつつも確固たるテーマを物語っていたけれど、本作ではそうでもない。終盤に本作のメッセージが直接的に言及されるものの、マイロ爺さんが旅路の中で悟るというよりは最初からとっくに自覚していたことのように思う。ここで描かれているのはマイロ爺さんに託されたイーストウッドの長閑で飄々とした旅路で、言ってしまえば少年との交流を軸にした一種の思い出作りっぽさがある。少年に居場所を与えることと爺さんが安住の土地を見つけることがリンクしてるのは好き。そんな訳で確かに燻し銀の魅力はあるけど、これをイーストウッドの集大成として大々的に宣伝するのは無理があると思う。イーストウッドの集大成と呼べる作品、西部劇に引導を渡した『許されざる者』と自身のパブリックイメージを締め括った『グラン・トリノ』なんだよな。

終盤の駆け足感(というより序盤からそのまま一貫して引き継がれた抑揚の弱さ?)が致命的で、テーマの総括や最後の別れという重要なシークエンスをさっくり片付けてしまっているのが大分惜しい。老人と少年の交流こそがドラマの中心なのに、その旅路の終わりに十分な余韻を与えてくれなかったのが正直引っかかる。せめてマイロ爺さんだけでなく、ラフォが旅を経て得られた“その後”を少しでもいいから見せてほしかった。全体的に緩やかなロードムービーとしての要素が強く、そのうえでテーマ性を明確に裏付ける説得力も薄いので、尚更オチの味を弱めているように感じる。最後にラフォをあの言葉で諭すのなら、闘鶏以外でも彼の無軌道さやマッチョへの憧憬をもっと強調してほしかったところ。孤独だったマイロ爺さんが直面する人生の岐路に関しても、内面的な掘り下げや物語としての演出は簡素だった印象。

最終的な畳み方で大分減点してしまった本作だけど、じゃあ面白くないかと言うと寧ろロードムービーとしては普通に好き。メキシコでの旅路を軸に軽やかに飄々と進んでいく内容そのものは心地良くて、それ自体は4.0点付けられそうなくらい良かった。御年91歳のイーストウッドが往年の西部劇を思わせるカウボーイスタイルで登場しているのがもうグッと来る。明晰な佇まいと嗄れた声に確かな風格があるし、メキシコの荒野をバックに車を走らせる様は西部劇の変奏めいてて印象深い。荒涼としたロケーションやマジックアワーを中心とする撮影、カントリー&メキシカンな音楽の数々なども情感に溢れていて良い。

そして本作はイーストウッド作品で多々見受けられる“シンプルさ”が顕著で、冒頭数分でマイロ爺さんのパーソナリティと本作の向かう道筋が極めて端的に描かれる。その後もとても手慣れた調子で展開が進められ、尚かつ作中のムードが一貫して保たれているので抑揚が少ないのに見やすい。スリリングな場面すら手際良く転がされるのが印象的だし、ざっくりした描写もテンポで乗り切ってしまうのがやたら凄い。そんな感じで終始飲み込みやすく、独特の緩やかさがある。ふてぶてしいマイロ爺さんとやんちゃなラフォのロードムービー的要素もユーモアがあって憎めないし(雄鶏マッチョが良い味を出してる)、馬の調教などで疑似家族めいた交流を重ねていくのも良い。そんでイーストウッド、いつものようにジジイ的悪態を色々とついてくれるのがやはり好き。「俺は運び屋じゃねえんだぞ」とセルフパロディじみた台詞を吐いた辺りで笑った。

本作で印象的なのはやはり中盤、未亡人マルタの家庭にて腰を落ち着かせる一連のシーン。マルタがマイロ達を受け入れる流れは些か唐突だし、マルタ自身の掘り下げも不足してる感はあるけど、それでも“家族/居場所の欠落”という共通点を抱えた三人が結び付く様子は味わい深い。ここは如何にもイーストウッドらしい疑似家族性だし、それ故に束の間の緩やかな安息が印象に残る。逞しく生きた末に喪失を経たマイロと逞しさに憧れていたラフォが本当に大切なものを噛み締めるシークエンスなだけに、マッチョであることへの直接的な見解よりもこの辺りを軸にテーマを総括してほしかった。“マッチョ”に変わる本当の強さをこの映画に見出すとしたら、隣人や動物に対して寄り添ったあの穏やかな愛と優しさなんだろうなあ。

そんなこんな言いつつも風呂敷の畳み方に対する不満は消えないが、ラストにて安住の地で踊るマイロ爺さんは幸福感に溢れているので清々しくはある。ここの布石になる中盤でのダンスも味わい深いし、“Sabor A Mi”の美しさがとても好き。旅路を経て安らかな隠居先を見つけたマイロ爺さんの姿はそのまま老齢のイーストウッド御大にも重なるけど、彼の場合はバイタリティーが高すぎるので生きてる限りはひょっこり戻ってくれそう。そんな訳で、来年か再来年にでもまた映画撮ってほしいなあ。
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