ジェイコブ

クライ・マッチョのジェイコブのレビュー・感想・評価

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
4.0
テキサスのロデオスターだったものの、落馬事故をきっかけに酒に溺れるようになり、務め先の厩舎をクビになったマイク。皮肉たっぷりに職場を去ってから一年の月日が流れ、元雇い主が彼の元を訪れる。彼はマイクに、別れた妻とメキシコにいる一人息子を連れてきてほしいと依頼する。実質的な誘拐である無理難題を突っぱねようとするマイクだったが、元雇い主に対する恩義から仕事を請け負うことに。気乗りしないままメキシコに向かったマイク。彼は地元の有力者である母親に教えられ訪れた闘鶏場で、「マッチョ」と呼ばれる雄鶏を抱える青年ラファエルと出会う。母親に無断でマイクを連れ出すことに成功したマイクだったが、母親から差し向けられた警察や追手から追われることになり……。
巨匠クリント・イーストウッド監督最新作。「パーフェクト・ワールド」、「ミリオンダラー・ベイビー」、「グラン・トリノ」に続く、世代を超えた人と人との絆を描いた作品。古き時代のカウボーイとマッチョ(強さ)に憧れる青年の友情、さらに真の強さとは何か?がテーマとして取り上げられている。
流行の映画やドラマの傾向から考えれば、本作は非常にスローテンポな映画であり、ド派手なアクションや銃撃戦があるわけでもない。そうした映画ばかりを観てきた人からすれば、本作を退屈に思えてしまうのもある意味致し方ない気はする。しかし本作を、彼が真に描きたかった「人間」や人の持つ「真の強さ」をテーマにした作品と考えるとどうだろう。イーストウッドが主演を務めた「荒野の用心棒」や「夕陽のガンマン」、「ダーティハリー」では主人公による銃の制裁が確固たる正義として行われた。彼はそんな過去と決別するかのように、自身の監督作である「許されざる者」では明確に暴力を否定した。その後の彼の作品でも、個人や社会、あるいはメディアからと、様々な暴力と戦い抗う人達を題材に取り上げている。そうした遍歴を考えるてみると、本作の見方も変わってくる。
ここ数年、トランプによって表面化したアメリカの分断にコロナ禍による社会全体の疲弊、さらには世界各地で今もなお続く暴力の連鎖と、ニュースを開く度に人と人との関係が希薄になっている事が嫌でも目につくようになった。イーストウッドは本作を通じて、人が自分らしく生きるためには他者との関係が不可欠であり、暴力によって他人や社会は変えられないことを伝えるため、現代に一石を投じたかったのではないかと思えた。