Ricola

クライ・マッチョのRicolaのネタバレレビュー・内容・結末

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

この作品は、クリント・イーストウッドの自省的な作品だと捉えても問題ないだろう。
とはいえわたしはイーストウッドの作品を全てどころか、数本しか観たことがないのにも関わらずこんなことを言うのはおこがましいかもしれないが…。

タイトルにもある「マッチョ」というのは、イーストウッド自身を象徴するキーワードであり、また彼がこれまで追い求めてきたロマンでもある。
そんな彼が執着してきた「マッチョ」という概念と今までの自分自身を振り返る旅が、ストーリーにそのまま反映されているのだ。


かつてロデオだった老人マイク(クリント・イーストウッド)が、彼の雇い主であり恩人でもあるハワードの息子ラフォをメキシコからアメリカへと連れてくるミッションを任される。
マイクとラフォの親子愛にも似た友情を中心に、ロマンスやアクション要素が盛り込まれた王道ロードムービー作品である。

イーストウッドがラフォや道中で出会う人たちに向ける優しい眼差しに、かつての自分自身やこれまでの人生を見直す姿勢まで見受けられる。

鶏のマッチョが一番マッチョであることが皮肉である。名が体を表すようで、本当に強いのはマイクでもラフォでもなく、この鶏のマッチョなのである。
マイクたちが最大のピンチに陥った際にマッチョが羽ばたいて彼らを守るシーンに、最も彼の強さが表されている。

「自分がマッチョだと誇示するのはそう見せたいだけだから」
「歳をとって自分が無知であることに気づく」
マイクは車内でラフォに諭すクライマックスシーンでのこれらの言葉から、自己内省的作品であることは明らかだろう。

その割にメキシコの小さな町で彼はちょっとしたヒーローのように扱われたり、素敵な未亡人とロマンスが起こったりと、やっぱりイーストウッドの「マッチョ像」がなくなることはない。
あまりに予定調和でご都合主義な脚本でそれが語られるが、これはこれで彼のロマンを壊さないことが長年のファンの夢を壊さないという意味でもあり、良いのかもしれない。

マッチョという名の鶏の存在がこの作品をシュールに仕立てており、さらにイーストウッドのマッチョ感も少しだが軽減させる役割を担っている。
もはやギャグレベルの面白展開についていくので精一杯だったが、イーストウッドの懐古主義的側面が強く押し出されている点については、彼の辿ってきた映画史そのものを振り返るようで感慨深いものもあった。
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