note

クライ・マッチョのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・マイロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、家族も離散。いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコの母親のもとにいる彼の息子ラフォを誘拐して連れてくるよう依頼される。

数々の名作を生み出してきたクリント・イーストウッドが監督・製作・主演を務め、落ちぶれた男が少年とともにメキシコを旅する姿を描いたロードムービーであり、ヒューマンドラマの佳作。

90歳を過ぎたクリント・イーストウッド。
彼との出会いはTV放送の「ダーティーハリー」だった。
子どもの頃から見て来たヒーローで大ファンなのだが、否定したくとも本作の彼の姿を客観的に見れば、誰が見てももはや「晩年」である。

他の役者が演じても良いではないか?
イーストウッドが老醜とまで言われる姿を晒し、演じ続けることに何の意味があるのか?
本作は「グラン・トリノ」「運び屋」に続く、彼の「償い」の物語であると感じた。

イーストウッド演じるマイクと14歳のラフォ、歳の差も境遇も考え方も異なる2人はアメリカ国境に向かって旅を始め、互いを必要とする関係となり、絆を深め、疑似家族のようになっていく。

過去の栄光と仕事にしがみつき、家族を蔑ろにして愛を失った老人という役は、どうしても、映画スターとして多忙を極め、家庭を顧みなかったイーストウッドのプライベートと被って見えてしまう。
片や、親の愛を知らないカウボーイに憧れる少年ラフォは、父親に憧れを抱き、触れ合いを夢想していたであろうイーストウッドの子どもたちのことではないか?と感じてしまう。

言葉の通じぬメキシコでコミュニケーションに於いてラフォを頼りにするマイク、車の運転も乗馬も出来ぬラフォは移動に於いてマイクを頼りにする。
必然的な2人の交流は、イーストウッドが触れ合えなかった自身の子どもたちへの「償い」に見えるのだ。

大人と少年の旅と心の交流は、イーストウッドの過去作「パーフェクト・ワールド」や「センチメンタル・アドベンチャー」でも描かれて来た。
異文化の者との和解と交流は「グラン・トリノ」、異文化の地メキシコでの犯罪絡みのスリリングな旅は「運び屋」でも描かれて来たため、残念ながら新鮮味は無い。
人生を賭けるような大きなチャレンジや、生命の危険がある大きなスリルも無い。

だが、本作のマイク役は、肉体こそ衰えてはいるが、イーストウッドが演じて来た役のエッセンスが凝縮されている。
ラフォに乗馬を教えるシーンやメキシコの人々に受け入れられるシーンに「古き良き時代」の心意気を継承する意図が見えるのが好感が持てる。

自分の流儀を貫くこと。
間違ったことには憤り、身をもって立ち向かう。
受けた恩には必ず報いる。
それらは「ダーティーハリー」の昔からイーストウッドが演じて来たキャラクターの共通点で「古き良き時代」の心意気だ。

マッチョな強い男に憧れる少年ラフォは男らしく生きたいと願っている。
しかし、かつて「マッチョ」としてならしたマイクは、もはや自分は強くないと認めている。
身体に無理がきかず、目の前に障害があれば、立ち向かわずに迂回するのが新味だ。

愛犬の調子が思わしくない夫婦の相談に、「残念だが歳にあらがうことは出来ない。のんびりさせて、一緒に眠ってやると良い」と告げるマイク。
「自分のことは自分で決めろ」というセリフも含め、マイクの言葉は全てイーストウッド自身に向かって放たれている。
経験と後悔を積み重ねたイーストウッドの言葉は説得力があり、心に染みる。

己れが正しいと思った決断は、いずれ揺るがぬ信念となる。
それこそが「本当の強さ」であると、本作は訴えている。

ラストに父親の待つ国境にラフォを送り届けたマイクはアメリカに帰らず、道中に恋仲となったカフェの女主人の元へ戻ることを決断する。
生きていれば必ず良いことがあるはずだ、とニヤリとさせるエンディングだ。

マイクと女主人が抱き合って踊るカフェに挿す光が、縁起でもないが「天国」を連想させる。
もしかしたら、本作がイーストウッド主演の遺作となるかもしれない。
「グラン・トリノ」では朝鮮戦争で偏見に塗れてアジア人を殺した罪(アクション映画で多くの者の生命を奪った罪)を償い、「運び屋」では幾許かの金を家族に残して、仕事にかまけて家族を蔑ろにして来た罪を償おうした。
本作では偽りの強さ(マッチョなヒーロー像)で、他人も自分をも欺いていた罪を償う。

今どきの若い者は…と睨みを効かせる強がりの頑固ジジイを演じて来たイーストウッドはもういない。
身の丈にあった決断と柔軟な姿勢に驚く。
老境の巨匠の老練たる演出のロードムービーだ。
note

note