けーすけ

Arc アークのけーすけのレビュー・感想・評価

Arc アーク(2021年製作の映画)
3.2
若くして放浪生活をしていたリナは、あるきっかけでエターニティ社に入り、遺体を生前の姿のまま残す<プラスティネーション>の仕事に関わる事に。死んだ者の姿の保全をしていた会社であったが、新たに不老の技術を生み出し、人類は老いる事から解放された。不老処置を受けたリナに待ち受ける未来とは・・・







『愚行録』『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督作品。
原作はケン・リュウという方の作品の一つで、不老不死をモチーフとした映画。遺体を生前の姿のまま残す<プラスティネーション>という技術や、不老不死の技術が現実のものとなる世界観は手塚治虫作品に近いものを感じました。


肉体損壊等の直接的な描写は無いですが、死んだ人体にプラスティネーションを施すという事で、観ている側には「死体を扱っている」という認識が与えられるので苦手な方はご注意を(もちろん死体は生きた役者さんが演じていますが、それゆえ生々しい)。


そもそも死んだ人間をそのままの姿で残すという事に、たとえ本人が望んだのだとしても「倫理観的にどうなんだろう」と感じ、そのあたりがテーマになるのかと思いきや、その部分はあまり深掘りされずで話が進んで行ったのがモヤり。

また「どうしてプラスティネーションで死後も姿を残したいのか」をインタビュー的に描写する場面もあったので、ドキュメンタリーテイストなのかとも思わせられたものの、特にそれ以上追いかける事もなかったので、どっちつかずな感じに少しモヤりその2。



前半はプラスティネーションに関わる話をメインに、そして不老の技術が生み出され、リナが30歳でその処置を受け、以降は不老に関わる話へスイッチしていきます。


リナが89歳となり、とある場所で働いているシーンより画面は基本モノクロに。時間を少し遡った過去の出来事を挟むため、時系列を分かりやすくする意図のようですが、好みがわかれそうなところ。

監督の狙いとしては上記時系列もあるけど「カラーだと舞台(として使った小豆島など)が生々しく見えすぎるから」との事でした。たしかに近未来な舞台設定なので、カラーだと違和感があるかもですね。ぜひそのあたりを気にかけて観てみてください。


そのように現代なのか近未来なのかを感じさせない世界描写(一瞬西暦が見えた場面はあったけど)、長寿者が増えていく中で自殺者も増えているというディストピア感が面白かったです。
原作者のケン・リュウ氏は「ディストピアとして書いていない」との事で、監督は特に後半からはそういった描写を引いたとの事。でもやはりうっすら残っているようには感じたので、そのあたりの空気感も楽しめると思います。



生と死にどう向き合うかがメインテーマとなっており、不老不死となったら果たして人間や世界はどう変わるのかという事を考えさせられる内容ともなっております。
劇中に出てくるものとして長寿の象徴である亀(名前が「メロス」ってのがツボだった)や、ゼンマイじかけで動くねずみのおもちゃが寿命や生き死にのメタファーとなっており、僕自身が仮に不老になったとして「いつ終わりがくるか分からない中で世界を楽しめるのかな…」とかあれこれ想像してしまいました。

そして、不老不死といったSF要素もありながらヒューマンドラマも内包しており、終盤には「やはりそういう事だったか…」という展開が不老に伴って生じる強烈な違和感を醸し出しており、ある人物が子供を肩車しているシーンは何気ない場面なのに、その本質の恐ろしさはもの凄かったです…。




主演のリナを演じる芳根京子が、17歳から90歳超まで本人が演じるというビジュアル面も見どころ。90歳といっても不老なので老けたビジュアルではなくメイクや衣装によって見せ方を変えるのですが、もちろん所作や内面からも年齢感が滲み出ており演技も流石の一言。


他、周りをささえるキャストもみなさん素晴らしいですが、小林薫の存在感と彼の役割がとてもよかったです。上述通り中盤からモノクロなのですが、それがまたハマっていたかと思います。



少し冗長なシーンもあり上映時間は長く感じてしまいましたが、前半と後半のテイストの変わり具合からまるで2本の映画を鑑賞したような気持になりました。生きる事について考えさせられる一作となっております。



2021/06/12(土) 試写会にて鑑賞。スペースFS汐留 F-8。スクリーンまでの距離感はちょうどいいけど少しだけ見上げる感じ。
[2021-050]
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