幽斎

対峙の幽斎のレビュー・感想・評価

対峙(2021年製作の映画)
4.8
【幽斎的2023ベストムービー、ミニシアター部門第5位】
レビュー済マルチレイヤー・スリラーの傑作「キャビン」Fran Kranzが監督に挑戦。スリリングな筆致の会話劇は現代のデモクラシーを問う密室劇へ観客を誘う。惜しまれ乍ら閉館されたミニシアター、京都みなみ会館で鑑賞。長い間、ありがとうございました。

Fran Kranz 42歳。イェール大学出身とは聞いたが、独立系のアカデミー賞インディペンデント・スピリットのアンサンブル作品賞を獲れる才能とは。ブロードウェイ出身の彼が戯曲を真剣に勉強した成果が見事に結実。キャストもレビュー済「ヘレディタリー/継承」「ナンシー」Ann Dowdの演技はアカデミー賞に値する。監督が銃乱射事件を自らの足でリサーチを重ね、被害者の両親と加害者の両親、4人だけで語り合うソリッドシチュエーションに仕立てた視点も秀逸。

私はロサンゼルスで就労経験が有りますが、Non ImmigrantでNon US Citizenでも就労ビザが有れば合法的に「銃」は買える。買うタイミングでHunting License取得。購入したのは「ダイ・ハード4.0」Bruce Willisが使ってた「ベレッタPx4」、レビュー済「インセプション」Leonardo DiCaprioも使用。初心者はレンジとガンショップが一緒のお店がお薦め。書類は多岐に渡るので事前準備も大事。購入前Firearm Safety Certificate受講、英語に問題無ければ、後はバックグラウンドチェックの10日間を過ごせばOK。因みにベレッタの値段は弾は別売ですが現在のレートで計算し直しても499US$、たったの69,860円!。社長、安ぅ~い!(笑)。

常々思うのは、ハンドガンでは無く殺傷能力が高いアサルトライフルが、何ならコストコで一番目立つ所に「SAIL!」日用品を売る店では「銃」も日用品。しかも、特価品なら99$、学生でも買える。「自己防衛に銃は必要、誰が子どもを守るんだ」会話も日常茶飯事。利権団体の激しい抵抗が有名ですが、ソレ以前に社会に根付いた「銃」依存の代償。最近はプラスティック製の軽い子供用「銃」も売られてる。親が子供に本物の「銃」を持たせる事を禁止する法律が存在しない事が一番の問題。

監督のリサーチで1年間で2000人以上の子供が「銃」で死んでる。世界標準で見てもアメリカだけ異様な社会。銃乱射事件をテーマにした映画は多く、被害者視点が多い中でレビュー済「ニトラム NITRAM」加害者視点と言うスリラーも登場。ショッキングな銃乱射映像は実際に人が死んでるにも関わらず、お子様ランチ程度にしか描かない事で批判続出。本作はソレすら削ぎ落とし会話劇だけ。原題「Mass」モノの重さ、Mass Shootingは銃乱射事件。浮かび上がる「命の重さ」緊迫感が続く会話劇の応酬に貴方も身震いする。メンタルが削られ仕事に影響しても困るので休日に観る事をお勧め、決して誇張ではない。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

監督は元ネタを正直に告白。アメリカで一般的な「Restorative Justice」修復的司法、犯罪に関わる全ての人が一堂に介し将来への関わりを集団的に解決する事を目的としたプログラム。日本は加害者と会う事を拒否する傾向が強いので、取り組みは中々進みませんが、修復的対話を主宰するNPO法人も有るので今後に期待。全てが丸く収まる事は難しいですが、可能性の一つとして心に留めて置くのは、何かの力に成るかもしれません。

秀逸なのは事件から「6年」が過ぎてる事。ミステリー的に言えば被害者と加害者に依る全面対決。ワイドショー的な下世話なセンセーショナルに巻き込む事を本作は一切拒絶。加害者の人物像や被害者家族も裁判に立ち会う等、世間の注目を集める事も多々有ったでしょう。6年経てば一定の方向性で刑事的な結論は終息。では、尚更今に為ってお互いが会う意味とは?。監督のクレッシェンドな問い掛けに観客は瞬きを忘れ推移を見守る。

答えは具体的に言及されないが、私の答えは「疑問に対する理由」。私の家族は両親は京都に健在で国交省に務める弟家族が居る。銃乱射から交通事故に置き換えるが、不幸にも誰かが犠牲に為った場合「なぜ事故は起きたのか?」切に知りたく為るだろう。私も京都市在洛だが、京アニ放火殺人事件の遺族も同じ思いだろう。もし加害者側の場合、同じ様に「なぜ?」と言う問い掛けを無限にして行く。疑問の答えを知り、自分を納得させたい。満たされない哀しみの負のスパイラルが消える事は無いのだと。

(映像的には)人が死なないスリラーのお手本、ミニマリストなコンセプチュアル。秀逸なのは会話劇の舞台装置。私は元クリスチャンですが「聖公会」何の事か分ります?。簡単に言えばキリスト西方教会のカトリックとプロテスタントの中間に位置する。公民権運動、LGBTQ、中絶に寛容なスタンス。暗に銃規制に賛成する立場。ナチスの戦争犯罪を裁くニュルンベルクの様に断罪するのではなく、穏健な「和解」に活路を見出す。

俯瞰する観客も厳正に「対峙」出来たか?鋭い指摘も見え隠れする。観客は第三者的立場で「もっとヤレヤレ!」煽るのか、ソレとも和解に至る経緯に涙するのか?。どちらも危険である事に変わりないが、キリスト教の権威者が「恩赦」与える事は良く有る。「対峙」の対義語は「逃避」向き合わないで逃げる。凄みの有るのは、作品のオチでは無く、1h 51m作品に対峙した貴方が、どんなメッセージを受け取ったか。私のアンサーは「何を知れば赦されるのか」加害者家族と言う被害者も居る現実。

日本は凶悪犯罪者の家族も加害者、的な単一的な論調が目立ちますが、果たして本当にソウでしょうか?。確かに事件の温床が家族と言うのは否定しませんが、そんなにシンプルに結論付ける程、家族で有ろうと個人を縛り付ける事は難しい。本作の核心部分「許す」と「赦す」の違い。後者はキリスト教で使われる「咎めない」。過去の罪は咎めないが、消える訳では無いと言う戒め。聖書マタイ福音書の6章14「もし人の罪を赦すなら貴方の天の父も貴方方を赦して下さいます」。日本も「罪を憎んで人を憎まず」孔子の言葉が有名ですが、最近の日本人はすっかり忘れてるらしい。

原題「Mass」教会のミサはラテン語でMissa、英語でMass。典礼の感謝として「赦す」。
幽斎

幽斎