きくそ

ボーはおそれているのきくそのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.5
生きづらい男ボーが母親の訃報を聞いて実家に戻ろうと右往左往するスリラー映画です。
アリ・アスター監督最新ホラーという触れ込みですが今作をホラーと言えるかどうかは全く疑問です。展開は支離滅裂でストーリーが全く理解し難く、絵面としても中年男性がひたすら不快な体験を重ねていくというおよそエンタメ性のない場面が続きます。ホラー要素と言えるものも少なく、強いて言えば音でびっくりさせるジャンプスケアがいくつか見られるぐらいでしょう。それでもアリ・アスター節を感じるところが優れた作家性なのだと思わされるのですがね。
本作、モチーフや伏線などとても考察し甲斐のある作品だとは想像に難くありませんが、自分はそこまで読み取るのを早々に諦めました。映画を見ながら話の整合性をつけるならどういう解釈がいいのかを考えるのに終始していました。結果、精神症状の悪化を辿る患者の視点というのが当方の解答です。映画序盤からボーが強い不安神経障害と統合失調症様の幻覚に苦しめられているのは明らかです。幻覚が見られなかったのは最初のセラピストの部屋のみで、その他は大なり小なり幻覚の入り交じる世界で生きていたのではないでしょうか。アパートのある街角の場面までは実生活に多少幻視幻聴が付き纏う程度でしたが、症状が悪化し入院、思考が歪み目に映る殆が現実とかけ離れたものとして理解されるようになってしまった。ただし医療スタッフやセラピーの内容などある程度現実の事象が表出してはいるのですが、観客が見られるのはあくまでもボーの思考の中だけです。自身の恐れるものを理解しようと藻掻くボーですが、治療が奏功せず精神機能が廃絶してしまう、それが最後のボーの死が表していることなのではないかと思いました。例えるならばTV版『エヴァンゲリオン』最終回付近は主人公達の内面世界のみを映した気が狂いそうな内容でしたが劇場版で現実にはNERV襲撃事件や人類補完計画が起きていたことが分かる、そのTV版だけ見ているような状態が本作であると解釈しています。健康な精神状態に非常に感謝したくなる作品でした。
さて、ボーが恐れているものと言えばそれはつまりアリ・アスター監督が恐れているものでしょうか。恐れているものはいっぱいあって、死の危険やら出生の秘密やらセックスやら人生の意味やら様々ですが、1番は母親への罪悪感でしょうか。過去2作も家族に何らかの罪悪感を抱いているのが印象的でしたが、母親の愛に値するものを返せていないという罪悪感が今回のテーマと考えます。本来親離れ子離れする時点で自然と両親から与えられたものを同等に返すことは不可能だと理解するものですが、母親のボーへの執着心はそれを許さない異常さがあったのでしょう。一方で、生そのものが罪というワードも何回か見られ、原罪がありながらこの世に産み落とした母親という存在に対するキリスト教圏独特の思考も関わっているのではないかとも思いますし、そこは全く理解できる範疇ではありません。
とにかく、何かを読み取ろうと気合を入れていかないと今作3時間は実に苦痛ということだけは明らかです。
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