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茜色に焼かれるのradioradio526のレビュー・感想・評価

茜色に焼かれる(2021年製作の映画)
4.0
「田中良子は芝居が得意だ…」

「茜色に焼かれる」鑑賞。

7年前に理不尽な交通事故により夫を亡くした母と子。夫の事故の賠償金は受け取らず、施設に入っている義父の面倒を見て、ひとり息子を育てている。
コロナ禍で経営していたカフェは閉店、花屋のバイトと風俗の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで息子はいじめにあっている。
全てがうまくいかない世の中であっても「まぁ…がんばりましょう」と呟く良子。
そんな良子が最後まで手放さなかったものとは…。

尾野真千子の単独主演としては4年振りだそうだ。
メガホンをとるのは「舟を編む」の石井裕也監督。この作品はコロナ禍の今、撮らないといけない1本だったと思う。上級国民と揶揄された老人による理不尽な交通事故から昨年今年のコロナ不況、そして生活苦…社会的弱者にスポットをあてた作品としてはケン・ローチ(「私は、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」)を思い出すが、より今の日本の状況を切り取っていることで刺さり方が深い。

うまくいかないことばかり…それでも普通にお腹も空けば、お金も減る。
とんでもなく辛いことがあった夜でも「牛丼3人前1,050円(〇〇のおごり)」、憎むべき人の葬式に持って行った「香典10,000円」。
使ったお金が幾らと知らされるのはユーモアでもあるが、実に写実的な手法でもある。
現実的にかかっている金額は都度、フィクションを忘れかける。
シングルマザーの息子が自転車に乗れない…とか、このテーマの現実をユニークな見せ方で描き切った石井監督に拍手を送りたい。

尾野真千子は強いキャラクターが似合う。
溌剌とした雰囲気もあるかもしれないが、大河ドラマ「麒麟がくる」の伊呂波太夫のような意思をしっかり持った女性の方が似合っているように思う。
少し前に観た「明日の食卓」でのあまり主張が出来ない主婦の役に少なからず違和感を感じたのは先入観もあるのだろう。

田中良子という女性は強い…という訳ではない。置かれた状況は自分で決めたことだからという意思の元、曲げなかっただけだ。逃げることも出来たがそれもしなかった。
矜持という訳でもあるまい…ふとしたことで訪れる久しぶりの恋愛に流される可愛らしさも持ち合わせているごく普通の女性だ。
息子や友人から突き付けられた張り詰めた現実を「まぁ…頑張りましょう」とガス抜きをするが、いよいよ、それが出来なくなった時に静かで闇深い慟哭が訪れる。

息子・純平役の和田庵と友人・ケイ役の片山友希の演技がかなり素晴らしかった。
こういった重いテーマの中で主人公に近しい登場人物はその状況に引っ張られていきがちだが、二人共どこかしら諦めを越えた明るさがあり、それが実に良かった。

そして…あまりにも意外なるエンディング…確かに茜色に燃ゆるような良子の情念に思わず笑う。
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