ぴんゆか

茜色に焼かれるのぴんゆかのレビュー・感想・評価

茜色に焼かれる(2021年製作の映画)
3.6
前半怒涛の問題のせめぎ合いにつき、嫌悪感、怒り、不快感で本当に直視出来ない事が度々あった。それほどに人間の軽蔑すべき汚い面を否応なしに眼に焼きつけさせられた。

しかしながら、それらを感じる余裕なく考えない様にして毎日をこなしている人々がいるかと思うと本当に頭が下がる。
どこかでこれは不幸の過剰積載であるとの表現も見かけたが決してそんなことはなかろう。我々が知らないだけであり。

まあ、頑張りましょうの応酬にはなんだか苛つくと感じないこともなかった。でもそうやって溢れそうな己の洪水を辛うじて堰き止めているかと思うと、ありえないほどの理不尽と不遇を笑顔で閉じ込めているかと思うと、やり場がなさすぎた。

楽しそうに高笑いしながら必死に生きてるの馬鹿みたいですよねえ!などと言う尾野真千子には本当に鳥肌が立ち、女優としての域を超えた極限に達していることを実感した。

人が怒りで破裂する3秒前、といったような空気が彼女だからこその凄みで表現できていたように思うし、真剣に生きるものこそ美しく怖いと思った。

息子役の和田庵は風間俊介からサイコ感を抜いて帰国子女感を足したかの様な風態。初めて演技を見たがまだ16歳とは思えないほど落ち着いて自然体で素朴な驚きや所作を表現していて驚いた。

茜色に焼かれるの題、当初はまたおしゃれでキャッチーなものを付けただけだろうと思っていた。
しかし終盤で明かされるその真意には脱帽した。ケイはだからこそ終わることのない、長くて暑い砂漠の様な白昼に自分で夜を作ったのかもしれない。彼女にとってはやっと来た安らぎの夜を。

今作の元となった実際の事件では幼い子供と母親の命を奪い、その他9人をも重軽傷へ追い込んでいる。何か犯しても精神を病んでいれば、耄碌していれば償いはいらないのだろうか。上級国民という言葉が飛び出したのは正直面食らいもしたが、法のもとに平等に裁かれているとは到底言い難く、鼻で笑うしかない結果とも言える。

ケイの言った、私の人生はうそーって思う事がいつも起こるんですが何度もこだまする。
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