鮭茶漬さん

彼女が好きなものはの鮭茶漬さんのレビュー・感想・評価

彼女が好きなものは(2021年製作の映画)
5.0
まず、この映画が出来たことに心から称賛を贈りたい。同性愛差別に関して、周囲がどんだけ理解しようとも最も悩み苦しみ「普通」と「異常」に敏感なのは当人であることをリアルに、且つ繊細な心情でもって描いた人間讃歌であった。「どんな性嗜好に対しても寛容であるべき」なんて……言葉では簡単に言えるだろう。けど、実際に自分の兄弟が息子がゲイだったら? そうなると、寛容であるはずの人々は一気に嫌悪感を持つ。同性愛者に寛容な意見を持った自分を受け入れているだけなのだ。この映画は、偽善で表面上だけは差別が無くなったと見える時代の空気感すらえぐる。
※ここではLGBTと言わずゲイという言葉を使うが、差別的な意味合いはないことは明記したい。

ポケモンGOが流行した時に、TVのワイドショーが新宿にいた男性三人組にインタビューすると「新宿二丁目だけは行けないっす(笑)」「俺たちが反対に狩られちゃうんで(笑)」と言っていた。失礼覚悟で言えば、彼らのルックスが、さほど整ってると思えなかっただけに、ゲイの友人は鼻で笑って言った「お前らなんて女どころかゲイすら寄り付かねぇよ」と。

よく異性愛の男性はゲイを見ると、「襲われる、ケツ掘られる」と警戒する。個人的には全くもってナンセンスに思える。たとえ、性別が性的対象になったからといって、(仮にあなたが男性として)ゲイがあなたを好きになる、性行為がしたいと思うとは限らない。ゲイにだってタイプがあるだろうから。それは、あなたが男性で女性が恋愛対象・性対象でも、世界中の女性があなたを好きになる、性的欲求を持つわけがないのと同じなのではないか?

けど、異性愛が大前提で、結婚することが人生のゴール、家庭を持ち子供を持つことが正解だとする、誰ぞが決めたかも分からない、目に見えない常識がある。それが、多感期の主人公を苦しめる。
そこから逃げるように、家庭を持ちながら男と寝る今井翼のような人間もいるわけで(彼のような人って結構、現実でも驚くほどいる)。けど、配偶者に嘘を付くというのは本当に残酷だ。家庭を築いても、だからこそ、一人の女性の人生を虚偽で塗り固める行為だから。ゲイを隠して結婚なんてしない方が人として真摯的じゃないかなと自分は思ったりするのだが。そう思えば、結婚するのが当たり前って常識なんてものは、どうでも良くなるんじゃ無いかって。
もし自分が悩める神尾風樹演じる高校生の主人公に声を掛けるとしたら、そう言うかなと思いながら観ていた。意見を持つことが大事な作品だ。

原作は「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」という漫画だが、この映画は、BL好きの腐女子演じる山田杏奈の主人公に対する一途な気持ちにも重点を置いて描いているため、(モノローグ台詞にもあったが)「彼女が好きなものは僕であってゲイでは無い」という逆転の視点が垣間見えるのも興味深く、同時に切なさを醸し出していた。

何よりも神尾風樹が良い。その鋭い眼光が見据える先の、どこか影を感じさせる役どころがピッタリだった。思い悩む青春期を迎えるゲイの子たちは彼に自分を照らし合わせてほしい。悩んでるのは自分だけでないし、悩む必要すらないんだと、映画のメッセージに励まされてほしい。
そして、シビアなストーリー展開を見せる中で、彼を支える幼馴染みの前田旺志郎のおちゃらけキャラの存在に救われる。見事なハマり役だ。現実世界にも彼のような存在が増えることが、本当の意味で性差別がなくなることなのだろう。彼のように、主人公のようなゲイを色物扱いもせず、例え、自分の息子であろうと、兄弟であろうと、親友だろうと、その人間の価値観で描かれる延長上が幸せなら、それを是とすることが真の寛容なのだと。母親役の山口紗弥加が、そのように何時も笑顔で主人公に接する姿に、涙腺が緩む。

結局、主人公と彼女が言っていた「BL星」っていうのは、少しずつ現実社会にも芽生えてきているものの「当たり前」には、まだ遠い。しかし、世界的にブレイクしたタイのドラマ『2gether』や『きのう何食べた?』『おっさんずラブ』『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』などの作品の世界観として支持を集める形で、少しずつ浸透している気もする。
今も、どこかで自分の性的嗜好について、悩み苦しむ少年少女がいるのであれば、悩む必要は無いということを、この映画を通じて知って欲しいと感じた。

※当記事の著作権はROCKinNET.comに帰属し、一切の無断転載転用を禁じますので、予めご理解のほどよろしくお願いいたします。
鮭茶漬さん

鮭茶漬さん