あり

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎のありのレビュー・感想・評価

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
3.6
 猟奇的なシーンがあるためPG12のレーティングが設定されている。「ゲゲゲの鬼太郎」はこれまでに何度もアニメ化されているが、基本的には子供が見ても楽しめるヒーローアニメだった。唯一異色だったのは、原作者である水木しげるが貸し本時代に描いた漫画をアニメ化した「墓場鬼太郎」くらいであろうか。本作はその「墓場鬼太郎」以来のダークで重苦しいテイストの作品になっている。ある意味で非常に野心的な作品だと言える。

 物語は哭倉(なぐら)村を取材する記者を起点に、過去の回想が展開されるという入れ子構造になっている。
 戦後間もない頃、村で起こった龍賀一族の遺産を巡る争いと、その背後に隠された陰謀が、主人公・水木の視点によってミステリアスに紐解かれていく。個人的には横溝正史の世界観、特に「犬神家の一族」を連想した。

 尚、水木はその名前や帰還兵という設定から、原作者である水木しげるをモデルにしているものと思われる。水木しげるは太平洋戦争で左腕を失ったが、本作の水木は左耳の一部が欠損している。おそらくこれも水木しげるのオマージュだろう。

 本作はそんな水木が主人公であるが、もう一人。彼と数奇な運命で行動を共にする謎の男・ゲゲ郎の活躍も見所である。誰が見ても分かるだろうが、彼こそ鬼太郎の父親その人である。特に中盤からクライマックスにかけては水木を凌ぐほどの存在感で、ドラマ的にもゲゲ郎の方に比重が置かれていくようになっていく。

 水木とゲゲ郎、夫々のドラマを同時に追いかけていくことで映画全体の作りに若干バランスの悪さが目立つが、原作者を投影したキャラと、原作者が創り上げたキャラクターが同じ土俵の中で共闘するというメタ的なアイディアは秀逸である。ある種”異色”のバディ・ム―ビーとして見れば、これは中々面白いと思った。

 また、この物語では”血”というものが大きな意味を持っているような気がした。
 龍賀一族の醜い争いは血縁ゆえの悲劇であるし、水木が出征した戦争では多くの兵士たちが無駄な血を流した。血の怨念と言えばいいだろうか。無慈悲に命を散らしていった彼らの鎮魂。それがこのドラマには底流しているような気がした。
 一方で、タイトルの「鬼太郎誕生」が見事に結実するラストが示すように”血”は生命の源とも言える。これにはかすかな希望も感じられた。
 戦場で負傷した水木しげるは輸血処置が出来ずに左腕を切断するに至ったということである。この話を知ると、この物語における”血”の意味は更に重いものに感じられる。

 全体的に非常に重厚なドラマでそつなく作られていると感じたが、1点だけ気になる箇所があったので付記したい。
 それは沙代の最期のシーンにおける水木の立ち回り方である。その後にゲゲ郎の妻を助けに行かなければならないという事情は分かるのだが、それにしても随分とアッサリとしている。沙代は正に本作の悲劇のヒロインであり、思わず同情してしまいたくなるほどだったが、ここはもう少しジックリと見せて欲しかった。水木はさぞかし胸を痛めたはずである。その失意も冷めやらぬまま決戦に突入してしまった…という印象を持った。
あり

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