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ノーカントリーのkkmovoftdのレビュー・感想・評価

ノーカントリー(2007年製作の映画)
4.7
何度見ても何が言いたいのかよく分からんが、何故か何度も観てしまう不思議な映画。コーエン兄弟の最高傑作だと思う。

この映画でハビエル・バルデムが演じる殺し屋アントン・シガーは思想的なルールを自分に課して行動する男で、そのルールに従って関わる者すべてを殺していく異様な存在。コインが表なら殺す、裏なら殺さないといった意味のないルールで人がバンバン殺されていく様は、ゴツい体に濃い南米顔でおかっぱ頭、手には空気屠殺機というバキバキのルックスと相俟ってとてつもなく異様。常識が通用せず触れるもの皆に等しく死を与える、人間の世界を超越した死神のようにも見えてくる。

このアントン・シガーが追うのがベトナム帰りのルウェリン・モスという男で、こちらはシガーとは対照的に、自らのタフネスによって世界の方を切り拓いていくようなマッチョな男。
正直どっちが勝とうが死のうがどっちでもいい話なのだが、この死をかけたイタチごっこが途中から利害や損得を超えて、思想と思想のせめぎ合いのように見えてくるのがこの映画の不思議なところ。強烈なベクトルを持った2つの要素がせめぎ合い、彼岸の境界線を入りつ乱れつする様子は、構図としてはハーマン・メルヴィルの諸作に近いものを感じる。ある時はモビー・ディックとエイハブ船長のように、ある時はビリー・バッドとクラガートのように。

ラストの一連のシークエンスで示されるのは、シガーは肉体を超越したルールに従って動いているように見えたとしても、無限の選択肢からそのルールを選び取ったのは他ならぬ自分自身であり、そこにはどんな超越性もなくエゴ以外の何物でもない、ということだと思う。そして我々はこの肉体の軛から、この世界の不安定さから、絶対に逃れることはできない。しかし一方でモスのように世界に対して力で立ち向かおうとすれば、いずれ必ずより大きな力に打ち斃される。The harder they come, the harder they fall.

ではどうすればいいのか?トミー・リー・ジョーンズ演じる年老いた保安官のように、「俺にはよく分からんから田舎で馬の世話でもするよ」と言うしかないのか。そんなんでいいのか。あかんのではないか。
確かにそれでは良くない気がするが、しかしかと言ってどうすればよいのか、それが分からないから、私はまたこれを見るんだと思う。
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