Bahun

ノーカントリーのBahunのネタバレレビュー・内容・結末

ノーカントリー(2007年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

『最高の癒し系バイオレンス映画』

世の中大きく分けて二つの映画があると思っていて、1つは顔引っ叩いて叩き起こしてくれるような映画というか、喝を入れてくれる映画。もうひとつはヨシヨシしてくれる癒し系映画。前者に属するのが熱いメッセージを繰り返し繰り返し伝えてくる『ファイトクラブ』とか、ビビッドなホラー描写で元気にしてくれる『パール』とかだとしたら、『ノーカントリー』は僕にとって後者に属する。
 
コーエン兄弟がとる映画の何が好きって(と言いつつ映画はこれとファーゴしか観てないな…)毎回普通に生きてきた人たち、特に法を遵守する意識が強い人が生き残るところ。努力して「良き人」として生きている人の背中をさするような話なのが珍しくていいと思うんですよね。

『ノーカントリー』もそういう映画で、マフィア、殺し屋、殺し屋対策の専門家、保安官、警察官、一般市民いろんな奴がいる中で、ほぼ危険な目に遭わずに生き残るのはトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官だけ。

「遭遇したらまず間違いなく死ぬ殺し屋」に遭遇しないように逃げたトミーは、保安官として褒められることはしていないかもしれない。でも、そんな「ほぼ絶対死ぬ状況」に飛び込まない方が賢いのはどんな立場でも同じで、この映画を観た人のほぼ全員がそういうしたたかさを持って、そのしたたかさによってチャンスを逃したことや、あるいは死ぬべきときに死ななかったことを日々後悔しながら生きている。

トミーはきっと、最後の大仕事でちょっと張り切ってみようとか思わないでもなかっただろう。でも奥さんの顔とか、死んだ父親のこととか思い出して踏みとどまった。最後にトミーが奥さんとゆったり話す時間を作れたことは、観ている人たちにとって物凄く救いだと思うんですよね。
そういうわけで、ハビエル・バルデム演じるえげつない迫力の殺し屋が「ボシュッ…ボシュッ…」とこれまで聞いたことのない音を立てながら屠殺用の機械で人を殺しまくりはするんだけど、癒され映画だと思います。人が死にすぎて「ワォ!こんな人の死の描き方もあるのね!」と驚かされること間違いなしですが、癒し系映画です。

この映画、キャラクターの造形がめちゃくちゃ好きなんですよね。7〜80年代の映画のヒーロー顔すぎる主人公、そういう映画でやっぱりヒロインやってそうな可愛い奥さん、トミー演じる引退間際の保安官、マフィアすぎる見た目のマフィアたち(フロント企業の社長みたいなやつまでマフィアっぽいのは何???)、会計士、怪しすぎる殺し屋対策の専門家…で、みんな大好きハビエル・バルデムの殺し屋ですよ。ほぼアベンジャーズだろこんなの。

それ以外にも、「スリリングな描写が思いっきりスリリングでいいよね」とか、「ハビエル・バルデムのセリフが全部良すぎるよね」とか褒めるところだらけ、普通なら間違いなく4.5(最高得点)にしたいところ。

ただ、17年前(17年前?!)の映画とは言え、ユダヤ系で、その出自をかなり作風に反映させてきたコーエン兄弟が撮った、「現状承認を良しとする」映画、今語るとかなり政治的になってしまうというか、人におすすめしにくい映画になってしまったなぁ。ということで4点です。もっと政治性を差し引いた状態で映画を観られる時代が戻ってきて欲しいし、そのためにもできることはできる範囲でみんなでしていかなくちゃいかんなぁ、と思う次第です。
Bahun

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