道玄坂を登る途中。
『この映画良さそなのー』と、
友人が言う。
予告も見ずにストーリーも知らず、
ジャケットから良さそうな事は伝わっており、
泣きそうな映画と判断した結果、1人で鑑賞。
ほうほう、そういう話ね、
と開始10分で全体をつかむ。
良かったかどうかの説明は不要で、
終わって見れば、はっきり言うと何も驚きのない、想定通りのストーリーであった。
おそらくこの先生が導いてくれて、
最後は成功するのでしょう。
そして彼と恋に落ちる。
この家族は変わらずハッピーでしょうと。
わかっていたのに。それなのに。
友人を誘わなくて正解であった。
中学生くらいのころは、映画のエンドロールって退屈で、早く帰りたかったのであるが、
大人になってからは、
『エンドロールというものは、良い歳こいた大人たちが、涙なんて流していないよと、取り繕うための猶予を与えてくれている』と確信している。
#エンドロールの意味
#エンドロールは泣いてないように取り繕うための時間
その他、
一見、イケすかない音楽の先生が、別メニューの練習に誘ってくれたシーンひとつで感動した。
自分は彼のようにスムーズに湖に飛びこむ自信がなく彼女を待たせそう。情けないぜ。
オーディションのシーンは、周りの座席に座っているジジイたちが嗚咽をするくらい泣くので、存分にもらい泣き。
あのオヤジ、いいよなぁ。
最後に初めて『Go!!』って喋るんかい、泣かせるなよ。
『ボストンには変なヤツしかいない』みたいなこと言ってる割には、あなたがずっと被っている、
汚ったねぇキャップはレッドソックスのものだよ。
#これに気づいた人と繋がりたい
#俺も駆け落ちするならチェロ奏者が良い