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コーダ あいのうたのsomaddesignのレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
5.0
見終わると実家に連絡したくなる
(そして実家を出た理由を思い出す)

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海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。家族で彼女だけが耳が聞こえる環境で育った彼女は、幼い頃から家族の耳になる。高校生になったルビーは合唱クラブに入部。歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。

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どうやら評判がいいので、予備知識なしで鑑賞。
序盤から次の展開が予見できてしまって「すわ予知能力覚醒か!?」と思ったら、
2014年のフランス映画「エール!」のリメイクだった。

フランス版の原題「La Famille Bélier」から「CODA」に改題。音楽用語の「コーダ(主題から独立してつくられた終結部分)」と「Children of Deaf Adult/s(耳の聞こえない・聞こえにくい親を持つ健聴者の子)」の意。末っ子で家族唯一の健聴者として頼られつつも、イマイチ家族の一員になれない境遇を表した素晴らしい改題。複雑な家庭環境や発音のせいで健聴者の世界にも居場所がない。「エール!」より断絶した二つの世界どちらにも居場所がない主人公の境遇が際立ててある感じ。酪農から漁業に変わったおかげで、家族にとって主人公が仕事の面でも、生活する上でも欠かせない存在なのが強化されてる。ヤングケアラーって昨今問題になってるそうで、今作の復習に際して少し学べた。

船の上で無線も警笛も聞こえないのは危険だろうし、実際に健聴者が同乗していないと操業できなかった時期もあるらしい。
フランス版と違って、選曲が日本人の自分にも馴染み深いのもありがたい。特にマーヴィン・ゲイの「Let’s get it on」と「You’re all i need to get by」は歌詞の意味や劇中歌われるタイミング含めて示唆的でグッとくる。

思春期に感じる家族の鬱陶しさ、小っ恥ずかしさ、理解されない苛立ちが詰まってる。過ぎてしまえば美しい思い出になるかもしれないけど、真っ只中だとそんな風には思えない。劇中、何度も二つの世界が暗示される(空と海、水面と水中、舞台と客席etc)。ルビーはそのどちらもにも属せない寄るべなさ。歌う時だけ自分の居場所を離れて、自由に空を舞う気分になれる……ってなんちゅー悲しい境遇だろか。

「ない」演出が良かった。本来あるべき演出が消えることで、伝わるものがある不思議。肝心なところで音が消えたり、重大な会話(手話)なのに字幕が消える。だけどちゃんと意味が伝わる巧みさ。特に手話については冒頭から度々字幕が消されてて、バカ親父のアホっぷりが手話だけで伝わるシーンを繰り返すことで、後半への補助線になってる。ルビーにとって最初に覚えた言葉は手話であるはずで、口語で話すより正直に胸の内を明かせる描写でもあるのか。

お母さんの存在がよりクッキリ。母娘が改めて絆を結ぶ産み直しみたいな話だし、母親自身が自分の過去と向き合う話でもある。描かれていないけど、モデルを目指しながらも聾唖者であることで夢を絶たれた経験があるんじゃないかしら。健常者との強烈な断絶や、絶望が深いが故に娘と分かり合えっこないって溝を作っちゃう。自分のように夢破れる傷を負って欲しくないって心配もあるし。
母が子離れする話として泣ける。気づいた頃には娘は子供じゃないし、なんならずっと…。二人の抱擁は「もっと子供でいさせてやれなくてゴメン」「そんなことないよ」って感情の往復が透けて見えるようで胸熱だった。
演じたマーリー・マトリンは実際に聾唖者で、1986年「愛は静けさの中に」で若干21歳でアカデミー主演女優賞を受賞した名優。だけど耳の聞こえない役が多くないこともあって、キャリアに影響は無かったそう。今作の出演が決まった後、当初出資者たちはこれらの役に本当の聴覚障害者をキャスティングすることを渋っていたが、マトリンが「聴覚障害者の俳優を起用しなければ降板する」とまで言い切って、最終的に出資者はこれを受け入れたそう。

「エール!」では弟がいる設定だったのが、今作は兄に変更。主人公を導き・背中を押す存在として何気に大きい。粗暴でトラブルメーカーの面もあるけど、妹を自分達の奴隷にしたくない、自分達で自立することの必要性を感じてる思慮深く優しい面が強調されてる。デュエットの相手役マイルズにフェルディア・ウォルシュ=ピーロが起用されてるのもあって、彼の出世作「シング・ストリート 未来へのうた」のお兄ちゃんを重ねて見ちゃった。

ハンディキャップを描いた多くの作品と違って、劇中描かれる家族それぞれが全然整ってない。上品でもなければ、むしろ下品な人たちで、小さな世界でで利己的に暮らしてる。純粋でも清貧でもない、卑近でリアルな普通の人として描くのは「エール!」と共通したとこかも。

ことほど左様に、「エール!」の素朴で小さな物語も良かったけど、そこから大きく社会全体の意識に繋がるブラッシュアップがされてる。何より安直なハリウッドリメイクと違って、余計な付け足しが少ないのが良かった。いじめっ子グループがギャフンとなる展開があってもよさそうなもんだけど、幸せになることが誰かへの復讐にしない。あくまで立場や理解の違いであって、仮想敵を作って憎しみを産むような語りにしないのも上品だと思った。


6本目
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