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コーダ あいのうたの香港のレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.3
この作品の画期的なところは、音楽の力は素晴らしいし、音楽に本当に大切なのはパッションなのだと他の音楽映画と同様語っているのだけど、でもそれは聾者の事を全く勘定に入れていない勝手な話なのだという事実を、冷酷に白日の下に晒しているところである。

この作品内の聾者たちは、ラップのサブベースが起こす振動を楽しんでいること以外、音楽を楽しんでいるという描写は劇中では「ほぼ」ない。父が娘の可能性を信じたのは、周りの人達のリアクションを直接目にしたからで、音楽に揺り動かされた訳ではないのだ。

あの無音のシーンはその重大な事実をこちらにこれ以上なく切実に提示してくる。この極めて重要な意味を持つ卓越した演出こそ、今作のハイライトであろう。全体を通してそこまで決定的なショットがある作品ではないけれど、そのシーンのショットの鋭角性はとにかく凄まじい。見事なシーンだと思う。

だからこそ、そうやって音が聴こえない事をこちらに痛感させた上で、そのあとにそれでも音楽がその事実を僅かに上回って、互いを繋ぐ強靭な糸として機能しているのをスクリーンに刻み込み、逆説的に音楽の力を見せてみせる。その構造の巧さたるや。

全体の構造を考えれば、まあ今までどれだけこんな映画が作られてきたのだろうというようなベタな話だし、障害者は聖人ではなく俺たちと同じ人間じゃないかなんてことは他の作品で過去に何度も語られてきた当たり前の話だし、歌詞の内容と状況のリンクの仕方のマナーが上品なようで実は下品じゃない?と思ったりもするけれど、その音楽との向き合い方の部分で、極めてユニークかつ重要な作品になっていると思う。最後の「GO」で一つの垣根が融解するのも本当に見事だ。


ところで序盤、主人公が家でプレイするレコードはシャッグスである。シャッグスの1stは俺も今までの人生で何度聴いたか分からないほどの最高のアルバムだし、my pal foot footは歴史的な名曲であろう。

で、なぜシャッグスなのかを考えたのだけど、一つはあのバンドが家族で構成されたバンドであること。そしてもう一つは、シャッグスというバンドは、音楽はテクニックや巧拙じゃなくパッションであるという音楽の根本的な部分と共にいつも語られる音楽であるという事だと思う。でもそれでさえ聾者には伝わらないのであるというところからスタートしているのだ。やはり実に巧みな映画だと思う。
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