じゅ

シン・仮面ライダーのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

シン・仮面ライダー(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

かっこいい。仮面ライダーそのものと、風を受けてサイクロン号ごと変身してくとこと、正面斜め上からアップで顔を映すやつと、蜘蛛オーグと、「終」の字。
蜘蛛オーグは日野自動車からトラック調達してるのね。まあそんなことどうでもいいんだけど。


バイクを駆り追手のトラックから逃げる仮面の男とその連れの女。ついに追い詰められるも、仮面の男は超人的な力で追手を殲滅した。男は本郷猛。秘密結社S.H.O.C.K.E.R.(ショッカー)に属していた緑川弘の手により、バッタをベースに強化(Augmentation)された"バッタオーグ"。女は緑川ルリ子。緑川弘の遺伝情報を使って人工的に産み出された娘であり、人類の幸福を求め暴走するショッカーを倒すべく組織から離反したことで追われていた。
ショッカーはとある日本の富豪が創設した組織だった。人類の幸福を実現すべく開発された人工知能の"I"が弾き出した計画を実行すべく創設され、創設者が自殺した後はIが、偵察機のJおよび後続機のKと共に運営している。創設者の遺志により、強い絶望を抱いた人間を救済することを行動指針とし、極端な手段を用いるようになっていった。
本郷とルリ子は政府組織の男に協力を求められ、ショッカーに造られたオーグの排除に打って出る。蜘蛛、蝙蝠、蠍、蜂、蟷螂+カメレオンと、与えられた力を私利私欲のために使うようになったオーグを倒していく。その最中、ルリ子の兄であるイチローが強大な力を持つ蝶オーグとして目覚める。イチローは、全人類の「プラーナ(いわば生命力とか魂みたいなもの)」を「habitat」なる別の場所に移し、暴力の素となる肉体から人類を解放しようとしていた。ルリ子と本郷はイチローの手先の改良型バッタオーグ(一文字隼人)と戦うこととなる。辛くもルリ子の手により一文字の洗脳を解いて仲間になるが、安堵した瞬間に蟷螂+カメレオンのオーグ(K.K.オーグ)の不意打ちを受ける。一文字の手によりK.K.オーグを打倒するも、ルリ子は帰らぬ人となった。
ルリ子は本郷の仮面に、兄を止めてほしいとの願いとそのための手段を遺していた。ルリ子の遺志に応え、"仮面ライダー"本郷はイチローの元へ向かう。助太刀に入った"仮面ライダー2号"一文字と共にイチローと対峙するも、蝶オーグ"仮面ライダー0号"に圧倒される。しかし、本郷の狙いはイチローにルリ子の想いを伝えること。死物狂いでイチローの仮面を剥ぎ取り、ルリ子のプラーナが乗せられた自らの仮面をイチローに被せる。ルリ子と最期の言葉を交わしたイチローは、力尽きて消えていった。イチローとの戦いでプラーナを使い果たした本郷も、一文字にショッカーから人類を護る意志を託して力尽きた。
本郷は、イチローと対峙する前に政府組織の男にある依頼をしていた。自分が亡き後の仮面の修理と、一文字へ仮面を託すこと。仮面には本郷のプラーナが乗せられ、一文字の手に渡った。一文字は本郷の意志を継ぎ、ショッカーと戦うべく、"本郷と共に"、サイクロン号を駆る。


正直なとこ邦画でも字幕ないと台詞が聞き取れないこと多いから、記憶が怪しいどころかそもそも何言ってたかわかんなかった部分が少なからずあるな。まあなんとなくノリは伝わったからよしとする。

「Sutainable Happiness Organization with Computational Knowledge Embedded Remodeling」でS.H.O.C.K.E.R.ですって。全く聞き取れなかったけどググれば出るだろって思って後でググったらやっぱり出てきた。いやそれにしてもよう考えたな!
大多数の人が思う幸福を実現するんじゃなくて、一部のとてつもない絶望を抱いた人を救済することにした、みたいなこと緑川ルリ子が政府組織の男(橘と瀧、字は知らん)に言ってたと思う。その救済の手段が、一文字隼人をパリハライズ(?)するときに言ってた、なんやら絶望的な記憶を多幸感で上書きするみたいな、そんなような話なのかな。


「孤高」「信頼」「継承」の3つのキーワードが大切なんだそう。シアターから出た後改めて本作のポスター見てみたら書いてた。言われてみると確かにそうだったかも。


「孤高」ってよくよく考えるとなんとなくイメージできるけど説明できないんだよな。ググったら「ひとり他にぬきんでて高いこと。孤立しつつ、自らの志を守ること。また、そのさま。」だって。精選版 日本国語大辞典というかコトバンクより。
そう言われるとそうだった気がする。なんというか、みんな迷いがない。

定番の、たぶん換言すれば永遠に答えが出ないような問いかけ(というべき?)がいくつかあった。例えば、人類の幸福を成し遂げるためにどうすべきなのか。大多数の人の幸福モデルみたいなのを策定・実現して平均を上げるのか、最低レベルの幸福度で要は絶望してる人を救済して最低を底上げするのか。それと、与えられた武力は誰のために使うべきなのか、あるいは誰のために使わないべきなのか。あとは、支配の下での画一化がもたらすのは楽園か否か、みたいな。そんな問いかけに各々自分なりの回答を持ってて、その実現を揺るがず志していたと思う。

幸福のために何をすべきかみたいなとこは、ショッカー創設者とどうやら緑川ルリ子も彼らなりの揺るがぬ答えを持っていた。創設者は最低の底上げをIとJ(後のK)に託して死んで、まあなんで死ななければならなかったかまでは分からんけども、なんにせよ命を賭すくらいの信念はあったということなのだろう。ルリ子については、勝手な想像だけど、創設者の考えの対として平均の向上を持ち出していたってことはそっちの方がましだろうと思ってたのかなと思ってる。実際どっちを選ぶにしても無視される人が一定程度いるはずだし、救われる人数とか救われる程度とか評価が難しすぎるから、どっちが正しいとかたぶん無くて、大事なのは彼らが彼らなりの志を持って揺るがなかったことだと思う。それが「孤高」ということなんじゃないかなと。

与えられた武力の使い方については、本郷が初めこそ揺らぎつつもけっこう早い段階で決意を固める。
そもそも彼がバッタオーグに改造されたのは、警官だった父の死がきっかけだった。武装して人質を取った犯罪者と一対一で対話しようとした結果、犯人に刺殺された。本郷は、父は犯人と人質の安否を考えて、父親を失う家族のことを考えず、与えられた力(銃)を使わなかったというようなことを後に語っている。本郷は自分に力があればそうはならなかったと考え、強い力を求めて緑川弘に選ばれた。
そうして力を得た本郷も、蜘蛛オーグの手下の戦闘員たちに発揮したその力に初めは自分自身も戸惑った。拳を振るえば簡単に相手の顔が潰れる。まあ、包丁を握っているだけの生身の犯人に銃口を向けるってのもそういうことなのかもしれない。つまり、命を奪うという重大な行為があまりにも簡単にできてしまう。そりゃあそんなの、やらなければ別の大きな犠牲を生むと解っていても、一瞬先の死に足がすくむよな。
でも本郷は、蝙蝠オーグのくだりで「僕は父とは違う」と決意を固めた。ルリ子のために必要なだけの最低限の暴力は迷いなく行使することにした、ってかんじだろうか。冷たい言い方をすると、ルリ子を頂点とした命の優先順位を定めた的な。もし仮に蠍オーグがあんな簡単に殺されずにルリ子も巻き込むレベルの毒撒きをやろうもんなら、本郷は全力で蠍オーグを殺しにかかってたかも。
緑川ルリ子を護ることが本郷猛の孤高さ。だったのかも。

支配云々は、蝶オーグのイチローさん。いや支配という表現が適切かわかんないというか、どう言えばいいかわかんないけど、ハビタットに飛ぶのが誰にとっても幸せだろっていう独りよがりで以ってそれを実行するのは、ハビタットとやらでなく現世(?)におけるある種の支配かなと思う。
孤立しつつ自らの志を守ってて、これこそまさに孤高っぽいなと思ってる。
支配っていう点だけ見れば蜂オーグも支配者やってたし、支配する側の幸福と支配される側の奴隷の幸福がどうのこうのみたいなそれっぽいこと言ってたけど、どうなんだろう。自己都合でプラーナを献上させたりとか、「孤高」っていう字面に感じる崇高な雰囲気は感じなくて、単に己がキモチイイから支配してるような印象。まあ志がどうのっていう点ではある種辞書通りなのかもしれないけども、なんか違うような。なんか違う気がするなーってことで蜂オーグについてはクローズ。


「信頼」については見ての通りだったなと思った。
用意周到なルリルリが蜂オーグことヒロミの巣に改めて一人で行ったくだりって、言ってみれば用意したものは仮面ライダーだけだった。目標はヒロミが(どういう原理か俺はよくわかってないけど)町民の支配に使っているサーバールームをブッ壊すことで、その位置を自分は分かっておらず、一方で本郷は一度行った時にその優れた聴覚で把握したらしい。だから、自分自身で用意しておけることがないから無策で乗り込むしかなくて、本郷が破壊工作を成功させることに賭けるのみ。あれだけ口癖のように「私は用意周到なの」って言ってた(まあ誰にも見つからないと言ってたセーフハウスに政府組織の奴ら侵入してたけど)くらいだから、今まで何か行動する際は自分一人で達成できる策を二重にも三重にも掛けて臨んでたはずで、あんな仮面ライダー全賭けみたいな作戦は相当な信頼がないと絶対やりたがらないと思う。緑川ルリ子が他者を信頼することと、その辺の俺らみたいなのが他者を信頼することって、重みがまるで違うはず。

「継承」もまあ見ての通りで、人類の幸福の実現をショッカー創設者からIとかJ,Kへ、「ルリ子を頼む」ってのを緑川弘から本郷猛へ、ショッカーの打倒を緑川ルリ子から本郷猛へ、さらに一文字隼人へ。


継承は信頼を前提としているなと思うと、信頼と継承というのは強く結びついていると感じる。孤高さを纏った意志だからこそ継承されるべきであるなと思うと、孤高と継承も強く結びついていると感じる。
3つのキーワードを見た時はその3つが直列で並ぶイメージがぱっと浮かんだけど、孤高と信頼の2つが並列していて両方とも継承に繋がってくかんじなのかもしれん。だから何って話でもないけど。

でもそう思うと、孤高と信頼を橋渡しする何かはあったんだろうか。
本郷は人を信じるからこそ強くなる的なことを言ってたっけか。対してイチローは信じたからこそ裏切られた的なスタンス。
2人とも親をどこからともなくやって来た理由もない暴力に殺されたことも、己の非力を呪って力を得たことも一緒だった。何が2人を他者を信頼できる人とできない人に分けたんだろう。
本郷猛は仮に力を得たとしてどう使うかみたいな展望はたぶん無く、緑川イチローはおそらく力の使い道がはっきりしていた。本郷は実際にバッタオーグの力を得て戸惑って、イチローは蝶オーグの力を存分に発揮しようとした。これってつまり、言ってみれば孤高さの差なんだろうか。
じゃあ、孤高と信頼って相反する?いやそこまでではないよな直感的に。言ってみれば、互いが互いを必要としてないというか。じゃあべつに「橋渡しする何か」は特になさそうかも。元も子もねえ俺の頭。
独りでいればこそ孤高が芽生えるし、誰かといればこそ信頼が芽生えるというか。まあその種を持っていればっていうのを前提として。種ってつまり、動機とか。相反する環境で生じやすいもの同士なのかも。


あとK.K.オーグが透明になる「カメレオン」部分がべつに自力じゃなかったの愛くるしい。
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