るるびっち

そして、バトンは渡されたのるるびっちのレビュー・感想・評価

そして、バトンは渡された(2021年製作の映画)
3.3
自分はキャラクターとストーリーを比べれば、ストーリー信者の方だと思っていた。しかし本作の、ストーリーの辻褄を合わせるためにキャラクターを犠牲にしている部分が非常に気になった。

作者がやりたいことは二つ。
①時制トリック
②身勝手な悪女が、実は深い事情と慈愛に満ちた女神だったという反転。
この二つのトリックをやりたいために、話を作っている。
そのために周りの人物が、ご都合主義。
石原さとみに振り回される夫たちが、サポート役の便利キャラ。
一番都合良いのは、足長おじさんのように都合よく金持ちで都合よくピアノ持ちで都合よく理解のある夫。
ブラジル夫も、都合よく子供を持ち都合よくブラジルへ消える。
田中圭も、都合よく代役で娘を愛情持って育てるキャラ。
彼らは役割を与えられているだけで、人間として生きてはいない。

色々と辻褄合わないのは、永野芽衣の作り笑顔を攻撃してイジメていた女生徒が大した理由もなく急に親密になるなど。
同様にピアノの天才なのに彼女と同じ料理に興味を持ち、仲を深めたら都合よく揉めることなくピアノに戻っていく恋人。
彼らは一瞬主人公に対して波風立てるが、不要になればあっさりと波風を収める。
ストーリー中心に考えているせいで、キャラクターに辻褄の合わない矛盾点が出てくるのだ。
人間を描いていない。皆、ストーリーを進める役割だけの操り人形だ。
作者が複雑なストーリーのパズルを見事に組み上げましたよ、とドヤ顏するだけで、人物を描いてるとは全く思えない。

それが証拠に主人公の永野芽衣が、一体何をやりたくて何を貫きたいのか全く解らない。
彼女は笑顔で乗り切る笑顔哲学を持っている、と最初に紹介される。
だが苦しい時こそ笑顔を見せようと努力したり、笑顔を作れないと泣いたり、笑顔では何も変わらないと絶望したり・・・
そういった、笑顔を信条とした生き様が描かれない。
わざわざ冒頭で笑顔を指摘しているのに。
最後のシーンも、彼女の笑顔の力で導いた感じはしない。
石原さとみがお膳立てしていただけで、主人公は何もしていない。
ストーリーの操り人形に過ぎないので、人物の信条がないのだ。

「作者は複雑なパズルを見事に完成しましたね」と感心はするが、感動はない。人間がいないからだ。

一番意外だったのは、時制トリックでも人物の反転でもない。
私自身がストーリー原理主義者だと思っていたら、実はキャラクター中心主義者じゃないのか?
と、今更ながら気づかされたことだ。
自分に一番驚いた。
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