蟬丸

草の響きの蟬丸のレビュー・感想・評価

草の響き(2021年製作の映画)
4.5
 『草の響き』そのものではないが、佐藤泰志ではある。

 原作は当然既読。これで『きみの鳥はうたえる』(河出書房新社)に収録された作品はふたつとも映画化されたことになる。原作の淡白さを考えると尺が足りないんじゃないかと思っていたが、案の定いろいろ手を加えていた。いままでの映画はかなり原作に忠実に作っていたこと考えると新鮮味があったが、その手の加え方は佐藤泰志の他の作品の構造を引っ張ってきたもので、そういうやり方もあるんだと思った。彼の小説は実体験や自分の境遇に基づいていて地に足がついているから、加工されながらもこの映画は結果として佐藤泰志感をかなり反映してる。うまくまとまっていると思う。純文学の定義なんてわからないが、ストーリーの起伏ではなく自己の内面に向かっていくことをその特徴とするならば小説『草の響き』を映像で再現することはかなり難しい。純文学なんて存在しない。ただの文だ。そうするとそもそも文を映像化するということが、ということかもしれないが。原作にはない妻・純子の視点があることで、それを読み取るための距離が生まれている。他者を媒介にするというテーマは、奇しくも『きみの鳥はうたえる』に通じている。純子を通して、和雄を新たに知ることができる。
 器用ではない。居た堪れなさがある。苦しい。どうしてこうなっちゃったんだろう、ということに毎日はまみれている。停滞の中で走ること。地面を蹴って、文字通り足掻いている。前に進むためではなく、狂わないように。後ろから迫ってくるなにかから逃げるように、しかし前に進むように。会話はそのための足場である。コミュニケーションのない人生なんて想像できない。

 ラストの露骨な『カッコーの巣の上で』はちょっと浮いてる気がした。
蟬丸

蟬丸