TaiRa

草の響きのTaiRaのレビュー・感想・評価

草の響き(2021年製作の映画)
5.0
小説の映画化を越えて、佐藤泰志の為に作られた映画だと思う。

佐藤泰志原作で初の短篇映画化。原作自体の要素が少ないからこそ、映画として作る上で複合的な作品になって行く。一番は佐藤泰志本人の物語、そこに監督と脚本家夫婦の物語、そして東出昌大の物語が加わる。幾人もの人間のドラマが一つの夫婦の物語に入り込む構造。それをミニマルに描写して行くので、表面上シンプルだが密度は高く重いものになる。芝居もカメラも抑制が効いているのは、単なる演出上の好みだけでなく、今にも壊れてしまいそうな夫と、それを何事もないように見守るしか出来ない妻の、現に抑制された状況を表現する事にも適している。運動療法としてランニングに専念する男の物語であるから、必然的に移動撮影が頻出。それが同時進行で語られる青年たちの要素も活きる。冒頭の、人気のない函館の街をスケボーで滑る青年の長回しから、スケボーの運動を切り取るショットがどれも良い。緑の島にある駐車場の何もなさ、行き止まり感は、そこに集う青年たちの状況も表している。並行して描かれていた主人公と青年たちが、一つの移動ショットの中で合流しそうでしないカットは素晴らしかった。人の心には触れられないし、触れてもいけないのかもしれないが、身体には触れられるし、傍にはいられるという事実を描けている。友人や夫婦など、いくつかの例を出して人が人に出来る事の限界を正確に見ている。その姿勢が佐藤泰志に対して誠実とも思う。その上で大東駿介は素晴らしい芝居をしていた。クライマックス、基本的に引いていたカメラが夫と妻の間に入って、正面アップの切り返しになるダイナミズム。妻は見て、夫は見れない事の雄弁さ。
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