幽斎

ベネデッタの幽斎のレビュー・感想・評価

ベネデッタ(2021年製作の映画)
4.0
【幽斎的2023年ベストムービー、スリラー部門次点作品】
オランダが生んだ最凶監督Paul Verhoevenが同性愛で裁判に掛けられた修道女の数奇な運命を描く、お得意のスキャンダラス・スリラー。アップリンク京都で鑑賞。

Paul Verhoeven 85歳。「ロボコップ」「トータル・リコール」「氷の微笑」「ショーガール」「インビジブル」そしてレビュー済「エル ELLE」。コレだけジャンルレスで傑作が創れる、非英米監督も珍しい。商業映画の印象が強いが「ルトガー・ハウアー/危険な愛」アカデミー外国語映画賞ノミネート。「女王陛下の戦士」ゴールデングローブ賞ノミネート。ベルリン映画祭審査委員長等、映画人としての来歴は申し分ない。確固たる作家性を貫き通したからこそ、今でもレジェンドとして崇められる。

天才的な嗅覚で作品が作れる一方で映画は共同作業、全てが自分でコントロール出来る訳では無い。非ハリウッドのレバノン生まれMario Kassarに才能を見出され「ターミネーター2」制作会社Carolco Picturesで「トータル・リコール」「氷の微笑」世界中で大ヒット。だが、次の「ショーガール」で恩義の有るカロルコを破産させたのは皮肉以外の何モノでも無い。更にソニー・ピクチャーズと「インビジブル」制作中に大喧嘩、アカデミー会員の権利を剥奪され、ハリウッドから実質的な追放処分を受ける。

余熱が冷めたと思ったかレビュー済「エル ELLE」主演を想定したNicole Kidmanに速攻で断られ、フランスが誇る世界遺産的女優Isabelle Huppert 70歳!が出演に興味を持ち、監督はフランスで制作する為に、フランス語を一から勉強して撮影に挑んだ。ユペール様自身は英語も堪能でレビュー済「グレタ GRETA」見事な使い分けを見せたが、久し振りに国際市場で成功した作品で、再び監督の勘違いの病も再発する。

勢い付いた(と勝手に思ってる)監督は、自身の著作「Jesus of Nazareth」原作としたキリストをテーマにした作品をブチ上げるが、誰も賛同してくれるプロデューサーが居ない。此の空気の読めなさがハリウッド追放の原因、本人の自覚がまだ足りない。次は第二次世界大戦のフランスのレジスタンスをテーマにした作品ならどうか?、貴方ね、第二次世界大戦のナチス占領下のオランダを舞台にした「ブラックブック」恥知らずなメロドラマと批評家ウケは良いが、興業的には惨敗、祖国オランダの制作会社がその後どう為ったか憶えてないの?(2社目の破産)完全に疫病神と化した。

捨てる神あれば拾う神あり。フランスの国営放送France 2。昔の言い方はアンテンヌ・ドゥ。Huppert様のレビュー済「ポルトガル、夏の終わり」製作したプロデューサーがフランス2のシネマ部門と、独立系制作会社Pathé、ロゴが反転して鶏に為るオープニングで有名だが、共同で大作映画を創る企画が浮上、不幸にも監督のプランが耳に入る。当初は例の著作を原案にするつもりが、素直にスタジオが用意したJudith C. Brownの著書「ルネサンス修道女物語 聖と性のミクロストリア」日本ではミネルヴァ書房。タイトルも「Blessed Virgin」に決まる。

「エル ELLE」ヤラれたHuppert様は出演拒否。Charlotte Rampling 2月5日で78歳と更に年上を選んでドウする?。原作は未読で京都の大学で文学研究科を学んだ友人に依れば、原理主義的なカトリック教会の反発を喰らう事は必至と苦言を呈した。撮影はフランスのル・トロネ修道院とシルヴァカンヌ修道院で行われたが、内容の流出を恐れ厳戒体制。最初の脚本「ブラックブック」Gerard Soetemanが「監督の過激な内容ではカトリック信者に夜道で襲われる」クレジットを消して逃亡。次のDavid Birkeが何とか纏めたが、レビュー済「スレンダーマン 奴を見たら、終わり」アメリカから三下り半を突き付けられた凡人、脚本に纏まりが無い。試写を見た国営放送は原作から逸脱した描写に激昂(税金だからね)多分、次はフランスでも創れない(笑)。

私はEXクリスチャンですが、「Nunsploitation」尼僧や修道院をテーマにしたExploitation、センセーショナルなタブー映画のサブジャンル。性的に抑圧された修道女が敬虔な行動を捨てセックスに明け暮れる作品が多い。代表作は「肉体の悪魔」「修道女の悶え」「白昼の暴行魔」「尼僧白書」完全に昭和のAVのタイトル(笑)。「Nun」は修道女、レビュー済「死霊館のシスター」もThe Nun。よくシスターと修道女の違いを聞かれるが、修道女は盛式誓願を立て修道院で祈りと観想の生活を送る人。Sisterは単式誓願を立て教育や医療分野で祈りや慈善事業に生きる人。因みにNunはナンが正しい。

ナンスプロイテーションは、アダルト映画が解禁されると、一気に萎んでしまうが、ソレだけ「抑圧された性」は映像的にインパクトも有る。日本でも日活ロマンポルノがキリスト教徒が少ない神秘性を活かして昔で言うショッキングな映画も創った。因みに父親のベストは多岐川裕美主演「聖獣学園」だそうで。そんな古臭い時代遅れのプロットを復活させたのが「死霊館のシスター」セックス抜きの正統派オカルト・ホラーとして続編も創られた。ソレを此の監督が創るとコレですよ(笑)。

Bebedetta Carliniは1590年1月20日生まれ、神秘的な体験をしたイタリアのカトリック修道女。原作は近代西洋史のレズビアニズムの手掛かりを知る貴重な資料と友人は力説するが、監督から見れば饅頭の薄皮の表面に過ぎず、作品を観てレズビアンの皆さんが元気を貰えると思ったら大間違い。プロテスタント系の反LGBTQ教団はカンヌ映画祭の会場前で抗議行動を起こし、フランスの全国ニュースが取り上げる始末。作品は受賞は逃すもパルム・ドールとクィア・パルムに正式ノミネート。2021カンヌ作品の日本公開が2023年2月、配給元クロックワークスの政治力の無さにウンザリ。

原案「Immodest Acts: The Life of a Lesbian Nun in Renaissance Italy」(長い(笑)は、修道院の審問委員会の議事録で、歴史的な資料は曖昧な記述も多い。監督は子供の頃ドイツ占領下のオランダで過ごし、連合軍の空襲の犠牲者の遺体を数多く見て、成人後はペンテコステ派、プロテスタントで神の存在を実感、聖霊を追求する教派に入信した過去も有る。教会では他の人と協調できず(ヤッパリ)後に監督はキリストについて、何も知らない事を珍しく悟る。彼の徹底したRealism、現実主義は戦争と宗教で培われた。だから監督の作品には完全な正義は存在せず、完全な不義も存在しない。

プロットの聖痕「Stigmata」スティグマータはイエス・キリストが磔刑に為った時に憑いた傷、科学で説明出来ない力で信者の体に現れたと信じられてる。新約聖書ガラテヤの信徒への手紙6章17節、聖パウロは聖痕の事をイエスの焼印と呼んだ。聖痕はキリストの受難に置いて、釘で打たれた左右の手足、ロンギヌスの槍で刺された脇腹を合わせた五箇所、カトリック教会では「奇跡の顕現」。聖痕をキャラクターを認知させる為に便宜的に使う作品も、数多く見受けられる。

今でも熱烈なVerhoeven信者は居ると思う。「氷の微笑」今でもエロティック・スリラーの最高傑作。4Kレストアされ劇場で見たが、父親に依れば当時は社会現象的なブームで、足の組み換えシーンは今でも語り草に。私的には雰囲気だけのプログレッシヴ・スリラーにしか見えないが、その雰囲気が今見てもゴージャスなのは凄い。やっぱり車はロータスだな(笑)。残酷描写や性描写に目が行きがちですが、私は監督の凄さとは音楽、衣装、美術セットはピカソ!つまり雰囲気の「ディテール」だと思う。

「ロボコップ」「トータル・リコール」ディテールのハッタリしか無いが、精巧さと画力の強さで作品をコントロールするが「エル ELLE」はディテールより作品のテーマが前に出過ぎ、全体がボヤけた風に感じた。本作もディテールの求心力が暴落してるのは明らか、そりゃあ85歳だもの、ウチの爺ちゃんより長生き(笑)。テーマのキリスト教自体の弱体化も世界的に深刻、宗教離れは日本だけの話では無い。私は京都市左京区生まれで岡崎エリア在洛だが、100年後に京都の寺院がどれだけ生き残れるか大いに疑問。

アメリカはAlt-right、オルタナ右翼が台頭。個人自由を尊重するlibertarianismや、QAnonは知ってる方も多いだろう。日本だって参政党が有る。確信的宗教が姿形を変え受け入れられる今の時代に、ナンスプロイテーションは全く前衛的な考えでは無く、監督の映画人としてのパワーには衰えしか感じない。ハリウッドから追放され、フランス国営放送に叱られ、天下のキリスト教団を敵に回しても、監督は全く懲りてない。ソレでも子供の頃に見た「氷の微笑」の衝撃は一生忘れないだろう。次回作は「Young Sinner」ワシントンで上院議員の下で働く若いスタッフが国際的な陰謀に巻き込まれる政治スリラー。無事に完成する事を願う。穢れた心を清める意味でも、京都発信のラジオ番組をどうぞ。

心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の胸に響かない、聖パウロの言葉より。カトリック教会がお送りする「心のともしび」
https://tomoshibi.or.jp/radio/
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