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アガサと深夜の殺人者のtakのレビュー・感想・評価

アガサと深夜の殺人者(2020年製作の映画)
3.1
1940年、度重なるロンドン空襲。クリスティは戦争中に多くの作品を書いたと伝えられるが、その中にミス・マープルの最終作、ポワロの最終作「カーテン」が含まれている。この2作はこの時期に発表されず、クリスティが亡くなる1976年に初めて出版されることになる。第二次世界大戦の中でロンドン市民もクリスティも、空襲に怯えて暮らしていた。実際にインタビューでも自分は空襲で死ぬと思っていた、と述べている。

英国チャンネル5製作の妄想アガサシリーズ第3作は、戦禍の時代を背景に、生活のためにポワロ最終作を売る決心をしたアガサが殺人事件に巻き込まれる物語。

アジア人のファンに原稿を売ることにしたアガサは、ホテルの地下にある店にボディガード的な付添人と訪れる。目を離した間に原稿がなくなるトラブルが発生。そこに空襲警報が鳴り響き、アガサを含む店の客たちはその場から動けなくなる。すると取引相手が突然苦しみ出して死亡。居合わせ女性巡査が場を仕切ろうとする中、二人目が殺される。犯人は誰か。アガサの観察眼が全員に向けられる。

今回もクリスティ作品"ぽい"演出でアガサの実像を描こうとしている趣向が面白い。おなじみの閉鎖された空間、一人ずつ犠牲者が出て疑惑の目が交差する。オープニング以外は、店と隣室、ホテルのバーとロビーくらいしか場面がない。舞台劇と言ってもいい演出になっているのも面白い。クリスティ作品と言えば、ロングラン記録をもつ「ねずみとり」や「検察側の証人」など戯曲の傑作も多いだけに、ここにもリスペクトが感じられる。

本作が他の2作品と違うのは見ていてほっこりできる要素が全くないことだ。観客も店に閉じ込められているかのように、カメラは主観移動ぽく右を向き左を向き、たじろぐようにあたりを見回す。銃撃もあれば、流血もある。これがいちばん面白いとの感想もあるけれど、確かにいちばん刺激的。

ラストで原稿をバッグに収めながら、「唯一頼れるものを殺すところだった」と言うひと言は、自身が創造したポワロとアガサのこれまでの実績に向けられた言葉なんだろう。それにしても、アガサを中心に何人もの死を招いてしまうエピソードだけに、予想を超えてヘヴィな後味の作品。まぁ妄想ドラマだから、と楽しんでおきましょう。
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