ずどこんちょ

ナイブズ・アウト:グラス・オニオンのずどこんちょのレビュー・感想・評価

3.9
名探偵ブノワ・ブランが活躍する「ナイブス・アウト」の続編です。
前回はお金持ちのお屋敷が舞台でしたが、今回はセレブが集まるギリシアの孤島が舞台。実にミステリアスで面白かったです。

世界的な大富豪マイルズがかつての旧友たちに向けてカラクリ箱に入れて送った、プライベート孤島への招待状。
名探偵ブランもその招待状を受け取り、マイルズの屋敷へと導かれます。しかし、そこで明かされたのは、マイルズは招待状を送っていなかったということ。
招待されたうちの何者かがブランをこの地へ呼び寄せたのです。事件の匂いが漂い始めます。

最初の様々なパズルを組み込んだカラクリ箱から面白くて惹きつけられます。
頭の良い人なら考えれば解ける不思議なカラクリ箱。招待者たちは頭脳を合わせてこの箱を見事に開封するのですが、一人だけは箱をトンカチで叩いて壊します。それでも手に入る招待状。
「破壊」によって知恵も工夫もあっけなく破られてしまうのです。

前半は謎めいた雰囲気が漂うドラマが展開されます。マイルズには多くの旧友たちから恨まれる動機があり、そんな恨んでいるであろう人々が閉鎖的な孤島に集められているということ。
そして、そこに現れた一人アンディはかつてマイルズと共同で立ち上げた会社から無一文で追い出されたかつてのビジネスパートナーであること。
何か事件が起こりそうな雰囲気がプンプンしているのですが、物語も中盤に差し掛かると怒涛の展開で事件が発生します。

そして中盤以降は、前半部分で実は繰り広げられていたもう一つの裏のドラマが時間軸を遡って展開されるのです。
ブランが仕掛けていたトリックにアッと驚かされます。前半はやや金持ち自慢の退屈な会話劇が続きますが、裏にもあるストーリーが進行していると考えると決して見逃せません。

事件発生から事件解決はミステリー史上最速ではないでしょうか。
というか、ブランには事件発生時点で犯人とその動機は見えていたのです。捜査をする必要もなし。
必要なのは物的証拠のみで、ブランが語り始めている裏である人物がその証拠を見つけ出していたのです。
だから、「犯人はあなたです!」と真相を突きつけるまでに事情聴取やアリバイの聞き取りはまったく必要ありませんでした。
事件発生の直後に解決シーン。こんな新鮮なミステリーはこれまであまり無かったのではないでしょうか。

本作でキーパーソンとなるマイルズを演じたのは、エドワード・ノートンです。
アンディからすべてを奪い、金と権力に物を言わせて旧友たちを支配するクズ男。裁判でアンディが負けたのも、旧友たちの未来がこの男に握られてしまっていたからです。嫌な男です。
他にもイーサン・ホークやヒュー・グラントなど豪華な面々が顔を出すのも意外なサプライズでした。

危機管理能力のないバカが、不要な装置を取り付けたせいで世界の宝を灰にしました。無価値な未来のエネルギー源によって。
私たちは最初から騙されていたのだと思います。ハイクオリティな最新技術や金に物を言わせた荘厳な屋敷の作りにため息が出るばかりでした。しかし実際は無能で無価値な技術ばかり。
砂浜の桟橋は干潮時にしか使えず、満潮時は使えないという無能な作りですし、マイルズが誇りにしている新型水素エネルギーも一般家庭で使うと危険を伴う無価値な代物だったのです。
にも関わらず、彼の語りと見かけに騙されてそれがいかにすごいものかと信じさせられてしまう。
背後にチラッと映った荷物を運ぶロボットでさえ、よく考えたら動きもチープで必要性を感じません。

ラストはまさに「破壊」。
マイルズがずっと信念として語っていたのが、既存の価値観をぶっ壊す勇気を持つこと。それが自分に返ってくるなんて、なんと皮肉めいてスカッとするのでしょう。清々しい破壊っぷりです。
マイルズという金持ちのしがらみを破壊し、彼らは真実を語る者として飛び立ったのです。しかも、ブランはそうなることを見越してヘレンに最後の始末を託すのです。ブランは屋敷の外で「破壊」がもたらされるのを優雅に待っています。海の向こうからは警察が。事件発生直後、まだ解決を披露する前に無理やり呼び寄せた警察です。名探偵ブランは随分前からこうなることを見越していたのです。カッコ良い。

ミスリードが多いのも上手いミステリーだと思いました。多くの要素が真相に繋がっている一方で、まったく事件とは無関係な違和感のある要素も多分に含まれているのです。
我々はきっとこれらが事件に関わるのだろうとヒントをたくさん溜め込むのですが、溜め込めば溜め込むほど事件が難解で複雑になっていくのも巧みなトリックです。
事件はもっとシンプル。動機も方法も意外なほど単純明快。
まさに玉ねぎのように中身のない空っぽな真実だったのです。

「確定した名探偵」……変だと思ったんだよなぁ。日本語訳、おかしくないか、と。
犯罪者が皆、計画的で素晴らしいトリックを用意していて、アリバイ工作をしているなんてミステリー好きの思い込みです。
あの男もまた玉ねぎのようなもので、中身のない空っぽな人間だったのです。

ところで、本作の舞台はコロナ禍。
クルーズ船に乗るにあたってマスクを不要にしたあのスプレーは一体なんだったのでしょう。
今思えば、あれも何の効果もないただの液体だったのかもしれません。ワクチンが流通してマスクが不要になる前にそんな特効薬が開発されていたら、それこそ世界が求めている革新的な医薬品です。
しかし、そんな物は存在しませんでした。アフターコロナに生きる私たちはそれを知っているにも関わらず、そういった便利なアイテムもあるのかと信じ込んでしまいました。まさに最初から最後までそれっぽく見せられた嘘で構成されていたのです。
無価値なものに騙されない眼で物事を捉えたいものです。