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スティルウォーターのotomisanのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
4.1
 荒っぽいのは信条?ところががさつで独善的な男のこころに神様と娘が同居している。その神様とは会った事もないはずなのに恐れ入るのはどういうことか?一方、娘にも今はおいそれと会うわけにいかない。親に相談もないままオクラホマから南仏留学に飛び出して、さらに同地で殺人犯として懲役を食らってしまった。
 解雇された元石油掘削工、いまは定職を持てない暮らしでいるのも娘の言い分、短気で無思慮な「こんな人間だから」なせいだけでもない。酒も羽目外しもピタリと止めたように、小銭をこつこつ貯めては娘恋しさで頻繁にマルセイユ通いするせいに違いない。
 そんなかいがいしさに目覚めるまでに自身の前科の元、これまたがさつなマスコミ人ぶん殴り事件以外どんな悶着と闘ってきただろう。もう殴らないと腹を括ればマット・デイモンである必要もないくらいだ。

 そんなビル親父が茫漠として石油臭さも苛立たしいトルネード惨禍のオクラホマを捨てて異国も異国な地中海の南仏主邑で港町、フレンチ・コネクションでアラブ・シンジケートな裏町に押し込んで悪党相手に渾身のぶん殴りまくりを想像したヤツらみんな即死だろう。
 誰もがすでに手を付けかねるアラブ移民社会を遠巻きに娘の無実の鍵である謎のアラブ男の影を追って鳴りを潜める姿にやがて大爆発を期待しても間違い。どこの国にもある解体工になって、ひょんな知り合いの舞台女優ヴィルジニーと娘マヤの下で居候となって田舎のアメリカ人としてぶつかり転がされて暮らしに馴染んでゆく。これが現代異文化ホームドラマのようで面白くないなら本当につまらないだろう。
 山場のように当のアラブ男を天恵ととっ捕まえてもDNA調べの付く一週間監禁するだけで、悪意の他者の介入も、予期せぬ事態でスリル5倍増しもないホームドラマの一波乱3割増しに留めたところにミソありと感じるかどうかが好悪の分かれ目となる。

 暴行拉致監禁虐待罪の瀬戸際を救った家主のヴィルジニーがなにも言わずに出てけと促すのはビル的アメリカナイズド欧州人の慮りだろうか?本来ならルパルク女史の言うように元々娘に余計な期待を持たせてはならない、すなわちワラに縋って成果を焦ってはならない、強かに潜伏して様子を見、機に敏たれというのが欧州人であり、一見そんな助力の乏しさに苛立ち、ならばそんなもん要るかとアラブ社会に直にケンカを売りにいってボコられて欧州ナイズド・アメリカンとなったビルの半年のアメリカ気質のせめぎ合いがこの異文化交流録の要と見えれば上等だ。

 DNA的冤罪立証そのものの成り行きはグレーだらけ、むしろアラブ男が捕まらずにどこかの犯罪現場で死んでくれればいいほどだ。しかし、新事実発見によって娘アリソンもおそらく最大でも従犯程度の関与と再考され刑期満了とでも認定されたのだろう、釈放されればオクラホマで元の鞘、めでたしめでたしなのか?
 親に反発した跳ねっ返り娘が、外地で受けた不覚から昔と変わらないというクニに戻って何がいいのだろう。あの南仏で知らない自分に目覚め、かつ、限界を思い知らされ再び疎外を覚え、好きな相手に死を見舞う真似を働いてもまだその相手への未練恋情が消えない。冤罪立証でささやかに暴走してくれた父親ビルもまたその実相を理解できていないだろう中、この荒涼としたオクラホマでどう朽ちていけばいい?

 傍らのあのがさつ者ビル親父は同じ景色を「もう同じクニじゃない」という。そのどこか上の空な様子に話の続きを求めざるを得ない。
 そこにはヴィルジニーがいて娘のマヤがいて同居するアメリカンへの悪口が花を咲かせる様子が見える。ビルの頭の中、追加の同居人がふたりも増えている、そこには元々アリソンの姿もあるはずだが、どこでどんな暮らしをしているのだろう。まだそのこころの内が見えないに違いないビルの不安は今あるこの場所で本当に晴れるのだろうか。
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