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理大囲城のnetfilmsのレビュー・感想・評価

理大囲城(2020年製作の映画)
4.1
 2019年11月、逃亡犯条例改正反対デモと当局の衝突が激化を極める香港。あのウォン・カーウァイの母校としても知られるアジア屈指の名門校・香港理工大学を警官隊が包囲し、デモ隊と学生は要塞と化したキャンパスで13日間に及ぶ籠城を余儀なくされた。警察は放水車、催涙弾を用い、場合によっては実弾も辞さないと警告した上で攻撃。その緊迫した様子は真っ先に「東大安田講堂事件」を想起させる。デモ隊たちは火炎瓶・弓矢等をもって抵抗し、キャンパス内には火の手が上がる。この生々しい様子はいったい誰がどのようにして撮ったのだろうか?これは推察だが、PRESSと書かれたチョッキを着た若者たちが死に物狂いで撮影したフッテージばかりなのだろうが、その構図や画角は極めて冷静に見える。「香港ドキュメンタリー映画工作者」と称する匿名の監督たちは、デモ隊と共に大学構内に留まってキャメラを回し、追い詰められたキャンパスの中の混乱を記録する。警察は無能のように見えて無能ではない。サミュエル・ホイの『学生兄貴』とかジェイ・チョウの『四面楚歌』など自分たちの時代のヒット曲が夕闇の中、爆音で流される。それは彼らに精神的ダメージを与えるわけだ。不気味に静まり返った傘の列は一晩中、エコーのかかった悪夢のような大音量を浴びることになる。

 やがて完全に陸の孤島と化した大学で、デモ隊は「残るか、去るか」の決断を迫られてゆく。個人情報と引き換えに投降を迫る警察。暴動罪で逮捕されれば懲役10年を課せられる恐怖と、仲間を裏切る後ろめたさは、デモ隊の心をかき乱す。ロープを使い橋から飛び降り支援者のバイクに飛び乗って脱出する者、下水道から脱出する者、最後まで大学に留まり戦い続けようとする者。様々な人々が緊迫した時間の中で、それぞれの答えを出さざるを得ない。香港の若者の中にもやはり和平・民主を求める「穏健派」と、警察への武力衝突も辞さない「勇武派」とがいる。2014年の雨傘運動ではそれぞれの立場や利害関係で足並みが揃わなくなったところを権力側に突かれた。警察側も決して馬鹿ではないから、中国天安門事件のような強硬姿勢を取り、国際社会から非難を浴びるようなことはしない。学校側には当初、食料のストックが合ったが日に日にその食料も絶たれ、学生たちには徐々に疲労の色が拡がって行く。学生たちのディスカッションは専らモザイク越しにしか観ることが出来ない。だが彼らの切迫した声があまりにも印象的だ。校長を信じるのか信じないのか?「勇武派」のリーダーが怒号を飛ばす横で、学生たちは次々に階段を降りて行く。あまりにも陰惨だが厳しい現実に声も出ない。「香港ドキュメンタリー映画工作者」とされる無数の人々による掻き消された声なき声の魂のドキュメンタリーだ。
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