じゅ

理大囲城のじゅのネタバレレビュー・内容・結末

理大囲城(2020年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

なんか、電車と徒歩で1時間のとこまで行ってたった20分の用事済ましてそのまま帰るのもつまらんからって映画館行ってとりあえず上映時間が一番近いやつ観ただけなのに、こんなどえらいの引き当てるか。


内容は、2019年11月にデモ隊が香港理工大学(理大)に立て篭もった13日間の戦いを内部の現場で撮影したドキュメンタリー。
放水、催涙ガス、ゴム弾、火炎瓶、石、昼夜問わず警官隊とデモ隊が衝突し、威勢よく罵り合う。しかし完全に包囲された理大の環境は過酷で、休息や睡眠も食も衛生管理もままならないデモ隊は疲弊し、士気も落ちていく。4度の脱出作戦はいずれも失敗し、独自に抜け出そうとした者たちも含めて多数の怪我人と逮捕者を出した。救出を試みた穏健派の集団は大学へ近づくことができない。警察と交渉して救出に来たという議員や高校の校長たちが現れたことによる疑心暗鬼も相まって、仲間割れが発生していく。
生の暴力の渦の中、記者たちのカメラに写るのは、自由への信念と支配への憎悪、生の渇望と死の恐怖。

本作のちらしに書いてたけど、香港で上映禁止らしい。製作者はもちろん匿名。日本語訳者まで匿名。ごっついな。
デモ隊の一人が、正直めちゃめちゃ怖いみたいなこと言ってたの、とても印象に残ってる。彼は誰にも知られず死ぬのが怖いと吐露していた。そりゃあ国のため、将来の世代のため、犠牲になる覚悟でデモに参加しただろうけど、怖いもんは怖いに決まってるんだよな。並外れた精神の持ち主じゃなくて、人並みに(きっと根っこは俺らなんかとも変わりない)感情とか願望を持った人間が戦ってるんだとまざまざと実感させられる。


事が起こるまでの流れを復習してみる。作中の冒頭では、この事件は逃亡犯条例改正案への反対デモが民主化デモに発展したものだって解説されてたか。

2019/2/xx、香港政府が立法会に、協定を締結した20箇国・地域に含まれない中国本土等にも個別事案に応じて逃亡犯を引き渡せるよう改正する案を提出した。
3/31、数千人の反対者による香港街頭でのデモが発生した。
4/3、香港政府が逃亡犯条例の改正案を発表した。
4/28、改正案の撤回を求め、数万人によるデモが香港立法会周辺の街頭で発生した。
5/30、香港政府が案に譲歩を盛り込むも、批判派からは不十分との反発が上がった。
6/9、50万人以上による街頭デモが発生した。
6/12、警官隊がデモ隊に催涙スプレーやゴム弾を発射する事態に発展した。
6/15、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官(政府のトップ)が改正案審議の無期限延期を発表した。
7/1、香港が英国から中国へ返還されて22年の式典に合わせ、立法会周辺でデモが発生した。
7/21、数千人が香港連絡弁公室の周辺を取り囲み、警官隊と衝突した。白いシャツの男らが元朗駅で乗客、通行人、報道関係者を襲撃する事件が発生した。
7/30、デモ参加者44人が暴動罪で起訴された。
8/14、香港国際空港で警官隊とデモ隊が衝突し、2日間空港が麻痺状態になった。
9/4、キャリー・ラム行政長官が条例の改正案を正式に撤回した。(←?)
9/7、警官隊が2日連続で催涙ガスを噴射した。
9/8、コーズウェイベイ地区で治安部隊がデモ隊へ催涙ガスを噴射した。
9/17、行政長官が市民との対話集会を始めると表明した。
9/22、鉄道駅や商業施設での設備破壊などをしたデモ隊へ警官隊が催涙ガスを噴射した。
9/26、行政長官が市民との対話集会を初めて開くも、平行線で終わった。
10/1、中国建国70年の式典が開かれ、香港では当抗議活動が始まって以来最大の混乱が起こった。警察の実弾使用によりデモ隊に負傷者が出た。

ロイターの記事『アングル: 香港、逃亡犯条例改正案と抗議活動のこれまで』が検索に引っかかったから、事の発端のことと警官隊と民間のデモ隊の衝突のことを抜き出してみたらこんなかんじ。他にも、立法会で民主派と親中派の議員が揉み合いになったり弁護士先生らが3000人くらい束になって反対デモを起こしたりしたらしい。
2019/10/02の最終更新で止まったのでその後の詳しいことは分からん。というか、9/4に改正案が正式に撤回されたと書いていたけど、BBCの別の記事(『香港、「逃亡犯条例」改定案を正式に撤回』、2019/10/23)だと正式な撤回は23日とのこと。4日は案を撤回する「意向を示した」だけだったらしい。

ちなみにこのBBCの記事にデモ隊の要求がまとめられてたけど、
・逃亡犯条例改正案の撤廃
・抗議活動への「暴動」という言葉の使用の取り消し
・逮捕されたデモ参加者全員への恩赦
・デモ参加者への警察の暴力をめぐる独立調査
・行政長官選挙での普通選挙の実施
の5つ。この頃まじで外界の情報取り入れてなさすぎて本当に知らなかった。
なんにせよ、たしかに「行政長官選挙での普通選挙の実施」というのがこの並びの中では異質なかんじする。元々は改正案の撤廃の要求があって、強硬手段に打って出る政府に対抗するように「暴動」呼ばわりの取り消しとかデモ隊の恩赦とか警官隊の暴行を明るみに晒すことを追加で盛り込んでいった流れが見えるけど、普通選挙の実施という毛色の違う要求が「逃亡犯条例改正案への反対デモが民主化デモに発展した」ことを物語ってる。

抗議活動への「暴動」という言葉の使用の取り消し、という要求にもピンとくるものがある。作中でデモ隊の1人が「暴徒はいない、暴政があるのだ」というようなことを声高らかに言っていた。
まあ、そりゃそうだよな。こっちから見りゃ真っ当な我らが対峙するあいつらは「暴◯」で、逆からの視点でもまた然り。チャイナチとかいう造語のインパクトよ。

それと作中で理大からの脱出を図るデモ隊の人たちが仲間内で「立法会で会おう」と言い合う場面が何回かあったけど、立法会とは議会のことだそう。ロイターの記事をざっと見たかんじ立法会周辺でデモが起こったことが複数回あったらしいから、この立法会がデモ隊の主戦場の1つだったというかんじなのかな。


本作を監督した人にインタビューした記事もあった。東洋経済、『1377人逮捕「香港理大大包囲事件」現場で見た衝撃: 学内でその様子を撮影した監督に話を聞く』という2022/12/24の記事。
内容を掻い摘むと、こんなかんじかな。
■デモ隊をデモに駆り立てた心境
・日本の1960年代後半から1970年代後半の学生運動しかり、中国の1989年の天安門事件しかり、過去の政府への抵抗運動が失敗に終わっていることは承知の上だが、それでも戦わねばならないという気持ちが学生らの間にあった。
・理大での籠城はデモ活動後半のことで、状況が好転したとは言えず活動に悲観的になってきている頃だったが、それでも何もせずにはいられなかった人たちがあのデモ隊。
・今回で状況が良くならずとも、次の世代に繋げる意志を持つ人が多くいた。
・若い世代は「文化の侵食」に敏感になっていると思う。
■デモ中の心境
・デモが違法な出来事として存在しなかったことにされる恐れがあり、なかったことにされたくないから記録してほしいとデモ参加者から記者に頼まれた。
・籠城したキャンパス内で唐揚げを作った人がおり、これが最後の食事になるかもしれないとデモ参加者が言っていた。
・外国メディアの報道やライブ配信は、政府の決断を変えるほどの効果を持たなかった。
■デモのその後
・デモ隊のリーダー格の多くは出国したか刑務所に入れられたか。他、香港に残った人がどうしているかはわからない。
・優秀層の中には子の将来を案じて国外に出る人もいる気がする。
・李家超(ジョン・リー)の行政長官就任後、教科書の天安門事件の記述削除、政治関係のニュースの減少、SNSでの政権批判者の訴追など、表現規制が進んでいると感じる。
・外国メディアの報道などで多くの人に知られたこと自体は意義があったと信じる。

ジョン・リーはゴリゴリの中国政府支持者で、2022/5/8に行政長官に当選した。件の2019年の民主化デモに対しては保安局長としてデモ隊の暴力的な弾圧に当たった。本作とは別の話になるけど、2020年には香港国家安全維持法の施行を支持した。当法律では、政治的な抗議や反対意見の表明を多くの場合で犯罪とするとのこと。
BBCの『香港政府トップに李家超氏を選出 元保安局長の強硬派』っていう記事にあった。

東洋経済の記事で言われてた「表現規制が進んでいる」との記述は、この香港国家安全維持法による影響がでかいかんじだろうか。もしかしたらもしかして、この民主化デモを受けて、それとコロナ禍で大規模なデモとかやりにくい状況に乗じて、今後のデモに対抗する又はあらかじめ制圧する武器をつくったってのも多少あったのかもしれない。
(社会民主連線による小規模な反対デモはあったそう。コロナ禍で大きなデモはできなかったとは東洋経済の方の記事にもあった。)
だとすれば、裏を返せば良くも悪くも2019年の民主化デモは政府をびびらすだけの効果はあったのかも。楽観的なことを言うなら、つまりデモは無力じゃない。ひいては、国民は無力じゃない。
このデモ隊の祖父母くらいの世代は、かつて自由を求めて香港に来て自由を得た感覚だから、香港の体制に反発するのを良く思っていない人が多いみたいなことを聞いた。その辺りの世代ともどんどん代替わりが進んでいって、民主化のため声を上げる層が増えてくのかもしれない。同時に、中国がチベットの優秀層を上海の学校に引き込んで民族同化に向けた教育をしてるみたいな話も噂程度に聞いたことある。政府が表現規制で言論を押さえ付けたなら、その次は教育を押さえてくるかもしれない。とすると今のデモ隊の子どもくらいにあたる世代を取り込めるかが1つ重要な点になってくるのかもしれない。完全に素人の空想だけど。
じゅ

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