うえびん

英雄の証明のうえびんのレビュー・感想・評価

英雄の証明(2021年製作の映画)
3.8
火のない所に煙は立たぬ

2021年 フランス/イラン作品

ソーシャルメディアによって、平凡な一般人が一夜にして英雄に祀り上げられ、それを証明しようと奮闘した結果、一夜にしてペテン師に落ちてしまうといった物語。

平凡な一般人ラヒム。ちょっとした偶然の出来事が、SNSで美談(フィクション)として拡散し、彼の生活は一変する。最初は、周囲の人たちに決してフィクションではないと事実を伝えようとするのだけれど、賞賛の嵐を浴びながら徐々に調子に乗っちゃって…。“火のない所に煙は立たぬ”、美談は100パーセント作り話ではなく、事実も含まれていたわけで、彼が調子に乗ってしまったのも分からなくはない。決して“悪い奴”ではないんだけれど、浮かれている様子は鼻につく。身近にこんな人がいたらきっと“痛い奴”って言われるんだと思う。

世間のラヒムに対する賞賛は、アンチ「ラヒム」の人たちを刺激して、彼の過去が暴露される。決して英雄では無いのだと。美談は事実ではないのだと。自身の虚像を必死で守ろうとするラヒムは、「母さんの魂に誓って」「息子に誓って」自身の名誉のために嘘と弁明を繰り返す。“火のない所に煙は立たぬ”、おそらくその人たちに対してラヒムは礼を欠き、“無礼な奴”だと思われてしまったんだと思う。

そして、ラヒムはその人たちに猪突猛進、歯向かってしまう。怒りを抑えられないラヒム、冷静なときには“悪い奴”ではないのにどうして!?と、危なっかしい言動にヒヤヒヤしてしまう。“危ない奴”だと思わざるを得ない。

案の定、世間の英雄からペテン師に転落してしまったラヒム。そんな彼にも強い愛情を向けてくれる婚約者と、深い愛情で結ばれた息子がいた。だから、人を思い遣れる”善い奴”な面もあって“憎めない奴”でもある。

痛い奴、無礼な奴、危ない奴、善い奴、憎めない奴、一人の人間の多面性や複雑性を不自然にならずに演じ切るアミル・ジャディディの演技が素晴らしい。だけど、レビューを書いていても、なんだか咀嚼しきれない。

ソーシャルメディアの危険性、人間が集団化することの恐ろしさも感じるけれど、“火のない所に煙は立たない”から、やっぱりラヒム個人の“身から出た錆”なんじゃないかと思う。

この咀嚼できない複雑な人物像と社会像を複層的に描くことが、アスガー・ファハルディ監督の腕力なんだろうか。『別離』『ある過去の行方』でも、主人公は優柔不断で煮え切らず、脇役ははっきりしていて、そんな大人たちに子どもが翻弄されて、最後は「何だかなぁ…」って感じだったのを思い出した。
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